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ポポ伊藤の
『今週のひとこと』 リターンズ or Die!

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2006年12月28日更新 プレゼント
『DOA/デッド・オア・アライブ』 試写会ご招待
※年末進行でこの週に掲載されたプレゼントの応募期間は2週間となっていた
2006年12月28日更新 今週のひとこと
今回のプレゼントは、年末進行というやつで2週間の掲載となっている。全ては新年一発目の更新を休む為だ。
毎年恒例の進行であるわけだが、前回の、05年から06年への年末進行の際、並み居る2週間掲載のネタの中、まるでトラップのごとく1週間で落ちてしまうネタが1本だけ紛れており、まんまとその1週落ちのネタで原稿を書いてしまった私だ。
周りも全く気がつかず、2週目の掲載に差し掛かったその刹那、おとそ気分が抜けぬまま出社してきた私に、プレゼント担当が「ポポさん。ヤバイよ」と出川哲朗もかくやという勢いでせっついてくるではないか。よりによってその時の原稿が、あまりにも落ちてしまったネタに依存していた為、休みは剥奪、新たに1本書くはめになったという次第だ。
よく究極の選択として『デッド・オア・アライブ』などが挙げられるが、あの時の私は、ただもうひたすらに『デッド』のみ。選ぶ余地などまるでなかった。
おかしい。世の中はバランスで成り立っているという話を聞いたことがある。
例えば、目先の経済発展を手に入れたが為に環境破壊という代償がついてくるように。携帯電話の普及により、便利さを得たと同時に犯罪の多様化を促したと言われるように。プラスが伸びた分マイナスも、といった、清濁併せ呑むみたいなところで世の中は成り立っていた筈ではなかったか? となると、俺の『アライブ』どこいった? と問いただしたい気持ちになる。
おかげで2006年は、そんな世の中の不条理というものに不貞腐れていた1年となってしまった。
ただ今回、私は遂に真理に辿り着いたのである。現在掲載中のプレゼントを見ていただきたい。まるで申し合わせたかのように全てのネタが2週掲載であるという事実。もうどれを選ぼうが『アライブ』オンリー。正月休みは約束されたも同然。2006年初っ端で見失った『アライブ』を最後の最後で見つけることができたのだ。
バランスというものは、こういった長いスパンで取られていくものなのだなあと気付かされた1年であったともいえる。
ただ油断のならない世の中だ。何かの拍子に『デッド・オア・アライブ』が落ちてしまう場合も考えて、何となくごまかせそうな内容で今回はまとめておくという保険も忘れていない。不貞腐れていただけあって、こういった小賢しいマネも今年1年で身に着いた。こうやって人は、大人になっていくのである。


2006年12月21日更新 プレゼント
『X-MEN:ファイナル ディシジョン』DVD発売記念 オリジナルTシャツ プレゼント
2006年12月21日更新 今週のひとこと

2006年もいよいよ大詰め、「やり残したことはないかしらん?」などど悠長に構えていたところ、『X-MEN:ファイナル ディシジョン』のDVDリリース情報にガツンとカウンターを食らった私である。
とにかく、自分に問いかけたい気持ちでいっぱいだ。そもそも私は、この作品の公開を心待ちにしていた筈ではなかったか? と。にも関わらず、上映期間を見事にスルーしていたという事実。もはや観に行くことを忘れていたことすら忘れていたという按配だ。
何故こんなことになったのか? 思い起こせば、公開されていた秋頃、仕事が忙しく“自席で脱糞も辞さない”程のテンパリ具合をみせていたのは事実だ。とはいえ、ささっと観てくれば済む話ではないのかという向きもあるだろう。
だが、この作品に関しては大切に思っているからこそ、腰をすえてというか、万全の態勢で臨みたかったのである。
“待ち合わせがラブホテル”みたいな、安っぽい愛人のごときぞんざいな扱いをしたくなかった。
などと言いながら、結局のところ忙しさにかまけて観ていないことに変わりはない。一番向き合わなければならない家庭を顧みず、仕事一辺倒になってしまう日本の父親像に私も足を踏み入れてしまったようである。
“幼かった娘がいつの間にか大学生に”みたいな、その娘に「お父さんは私の成長に興味ないのよ」と冷たく言い放たれたかのような、そんな一抹の切なさを含んだ『X-MEN』DVDリリース情報であるのだ。
してまた、この『ファイナル ディシジョン』というのが、1、2でメガホンをとった監督が『スーパーマン』の方にいってしまった為、別の監督が撮るという、おそらくこの人と結婚するんだろうなあという周囲の期待をよそに、急転直下の別れ話の後、間髪いれず全然別の人と結婚しちゃいました、みたいな、親心としてはなんとも複雑な状況ではある。
いや、いいのよ、結婚を決めるタイミングなんて長さよりも深さだから。むしろ、前の事があったからこその今の幸せなんだから。そんな父親の心境を察してか、久し振りに電話をかけきた娘から「大丈夫よ。お父さん。私いま幸せだから」と言われたかのような、そんな一抹の安堵感を含んだ『X-MEN』DVDリリース情報でもあるのだ。
そして、今度はその安堵感に身を委ね、DVDを観ることを忘れてしまいそうな勢いである。



2006年12月14日更新 プレゼント
『ドリームガールズ』特別試写会 ご招待
シカゴに住む仲のよい友人同士、エフィー・ホワイト、ディーナ・ジョーンズ、ローレル・ロビンソンの3人が作ったコーラスグループ、「ドリーメッツ」。スターを目指す彼女たちは、野心的なマネージャー、カーティス・テイラーと出会う。カーティスは、その強引なやり方で、スーパースターであるジェームス・“サンダー”・アーリーのバック・コーラスとしてドリーメッツをデビューさせた。時代に熱狂的に迎え入れられ、またたくまにスターダムへと駆け上ったドリーメッツ。だが、その座とひきかえに多くのものを失ってしまう。
今、自分たちのやっていることが、本当にやりたかったことなのだろうか?無名時代から愛してきた音楽は何処に行ってしまったのだろうか――。 栄光と挫折、そして再生を描いたブロードウェイ・ミュージカルが、初演から四半世紀を経て、今待望の映画化を迎える!

<バンホーテン>「ミルクココア ストロベリーショコラ」 プレゼント
厳選されたヨーロッパ産ストロベリーの甘く親しみやすい香りと、バンホーテンの上質なココアのほろ苦く豊かな味わいがひとつになった、贅沢な一品。姉妹品の「ショコラ オレンジ」と合わせて、ココアのバラエティが楽しめる。
2006年12月14日更新 今週のひとこと
「ミルク!」「ココア!」「ストロベリー!」「ショコラ!」
「四人合わせて『ミルクココア ストロベリーショコラ』! やぁー!!」
などと30の男が伊達酔狂ではしゃいでいるわけではない。
何と言うか、無闇に権力を持つ者がいて、それに従わざるをえない人達がいるという、精神的にも不健康な体制が横行している現代において、個々として成り立っているものがバランス良く収まっているという『ミルクココア ストロベリーショコラ』のような存在は、理想的であると言いたいのだ。もはや憧れと言ってしまってもいいだろう。
『ミルクココア ストロベリーショコラ』を前にするとアガってしまい、いつもの自分が出せない。それぐらいの緊張感でもって接していきたい。その気持ちは姉妹品である『ショコラ オレンジ』においても同じことだ。
そして、よくみるとショコラは二つのユニットを掛け持ちしているわけで、『ミルクココア ストロベリーショコラ』モー娘。とするならば、『ショコラ オレンジ』はさしずめGAMあたりであろうか。そうなるとショコラは、藤本美貴ということになる。
その藤本美貴に遅まきながら興味が沸いてきている私だ。前から「可愛いな」とは思っていたが、最近ちょっと大人びてきたせいか、おそらく10歳ほど下であるにも関わらず「お姉さん」として見てしまっている。Mという特性から考えると、これは非常に理想的であると言いたいのだ。もはや憧れと言ってしまってもいいだろう。
藤本美貴を前にするとアガってしまい、いつもの自分が出せない。それぐらいの緊張感でもって接していきたい。
というか接することはないので、単なる皮算用でしかないのだが、何も30の男が伊達酔狂ではしゃいでいるわけではない。無名である今の時点からこれだけ芯の無い主張をしていれば、まかり間違って売れっ子になったとしても『ドリームガールズ』よろしく「今、自分たちのやっていることが、本当にやりたかったことなのだろうか?」ということで悩みはしないだろうという、ある種予防策でもあるわけだ。
ただこれには、普段から「俺なにやってるんだろう?」という自省の念に駆られるという難点がある。というかその前に、売れっ子になったら、などと言っている時点で単なる皮算用でしかないのだが。


2006年12月7日更新 プレゼント
「王の男」プレスシート プレゼント
16世紀初頭、国一番の芸人になるという決意を胸に、漢陽の都にやってきた旅芸人、チャンセンとコンギル。固い友情で結ばれた2人は、宮廷を皮肉った芝居を演じ、たちまち大人気を博すものの、その噂を聞きつけた重臣チョソンに捕らえられ、王であるヨンサングンが芝居を見て笑わなければ死刑だと言い渡されてしまう。「王が笑えば侮辱じゃない」、チョソンにそう言い放ち、人前で笑ったことがないという王の仏頂面の前で、必死で芝居を続けるチャンセン。だがその時、妖艶な笑顔で王を惹き付け、達者な芸で遂に王を笑わせたのは、コンギルだった。
死刑を免れ、宮廷に住まうことを許される二人。何もかもが珍しい、豪華絢爛な宮廷での生活。しかし、それは2人の激烈で悲劇的な運命の前座にすぎなかった…。
2006年12月7日更新 今週のひとこと
映画『王の男』の原稿を読むにつけ、「やっぱり世の中顔だな〜」ということを認めざるをえない。
そもそも「笑わせなければ死刑」という、それ自体ギャグのようなのっぴきならない状況において、芸の達者ぶりもさることながら、惹き付けるきっかけとなったのは、やはりその妖艶な笑顔であったというのは事実である。
ただ、「世の中顔だ」と言ってしまうと、何だか美形な人ばかりが重宝されると思われがちだが、そうとばかりは言い切れない。
例えば、メイクを落とした顔が安部譲二にソックリな女子をカワイイと思って狙った場合、これもキッカケとしては“顔”であるわけで、つまり、こと恋愛に関しての“顔”の基準は、個々の美的センスに委ねられるわけだ。
その昔、自他共に認めるイケメン宅に遊びに行った時のこと。その日の奴は、何となく落ち着きがなく、しきりにベッドに腰掛けてアルバムをみせようとしてきた。何ならそのままの流れで押し倒されるのではないかと、そして抱かれるのはないかと、内心ヒヤヒヤしながらアルバムを覗き込む。するとそこには、様々な女の子と戯れている写真がズラリ。しかもかなりの上玉揃いだ。そんな中、ひと際異彩を放った、個性的というか前衛的な面構えの女子が、目も当てられない程のハシャギっぷりでおさまっている一枚の写真が目についた。
「こりゃひでーな」と、まるで患部を開いたら思いのほか病状が悪化していた手術中の医師のような苦い表情で訴える私。するとどうだろう、奴のテンションはみるみる下がり、消え入りそうな声でこう言うではないか「それ…俺の彼女…可愛くないかな?」
いっそのこと、押し倒されて抱かれでもした方が、よっぽどマシだったのではないかと思う程、その後の空気が悪くなったのは言うまでもない。とにもかくにも、こういう様々な需要供給世の中は成り立っているわけだ。
かくいう私も、写真の彼女と性別は違えど立場は同じ。ボール球に手を出すお姫様が現れるのを、今か今かと待ち構えている。 まかり間違ってエビちゃん「ゴリラ顔が好き」とか言い出さないかな〜と。というかもう「ゴリラ顔のポポさんが好き」って言わないかな〜と思う次第。“ブスの瞳に恋してる”というか“ブスに恋する瞳”であって欲しいと切に願う30男の年の瀬は、こうして暮れていくのであった。


文:ポポ伊藤

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