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ポポ伊藤の
『今週のひとこと』 リターンズ or Die!

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■2005年12月

2005年12月28日更新 プレゼント
映画『僕が9歳だったころ』試写会ご招待
韓国のユン・イノ監督作品『僕が9歳だったころ』。原作は、10年間で130万部を売り上げたウィ・ギチョルのロングセラー小説、『9歳の人生』。<少年少女版”冬のソナタ”>とも言われ、家族の大切さ、少年時代のノスタルジーを強く訴えます。9歳の少年・ヨミンが様々なことを経験し、大人への階段を上り始める過程での戸惑いを、みずみずしく描きます。
2005年12月28日更新 今週のひとこと

深夜、私は池袋に向かって自転車を走らせていた。エロDVDを購入する為である。
中2の夏休みの話ではなく、つい数ヶ月前の出来事だ。
言っておくが、私とて良識ある大人である。それほどエロを渇望しているわけではない。
離婚だったか裁判だったか、とにかく何か大きなことを成し遂げた友人のお祝いに、そいつが好きなタレントにソックリなAV女優のDVDをプレゼントしようということになったのだ。
そこで、仲間内では既にイジリー岡田をも凌ぐエロの代名詞として君臨している私が、購入の大役を仰せつかった。
飛び込みで入った割りに品揃えが良かったその店には、その後、足繁く通うことになるのだが、その時は女優選びに専念せざるをえなかった。困ったのは、私がそのタレントの顔をうろ覚えであったという点だ。仕方なく一度店を出て、コンビニに駆け込み、雑誌で顔を確認をしてから戻るといった行為を繰り返す。3往復ほどしたところでようやく絞り込むことができ、購入にいたったのだ。流石にラッピングは断られてしまったが。
任務を遂行し、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、本当の戦いはここからであった。家に着き、ひとごこちつくと買ってきたDVDが気になってしょうがない。こちらとしても珠玉の逸品を選んできた自負はある。そうなると見たくなるのが人情というものだ。誰だってカワイイ女の子が部屋に来れば押し倒したい衝動に駆られるだろう。しかも人の場合、拒否されるということは往々にしてあるが、DVDはいつだって私達を裏切らないのだ。
あまりにも低次元な物の例えに我ながら閉口してしまうが、さすがに一度封を開けたものをプレゼントとして渡すわけにはいかんだろうとギリギリのところで道徳心が踏ん張った。翌日、なんとか未開封のままプレゼントする事ができたものの、そこに至るまでの孤独な戦いを褒めてくれる者など一人もいなかった。エロDVDだけに文字通りアダルトな苦悩であったわけだが、9歳の少年ヨミンが抱える大人の苦悩とは次元が異なるものであることぐらい分かっている。
ポポ伊藤。齢29にして未だ大人の階段を上ったり下りたりしながら戸惑っている。



2005年12月22日更新 プレゼント

『特別展 アインシュタイン日本見聞録』ご招待
相田みつを美術館では、12月20日(火)より『特別展 アインシュタイン日本見聞録』を開催。2005年は、アインシュタインが特殊相対性理論を発表した「アインシュタインの奇跡の年 1905年」から100年目。アインシュタインが日本を旅した1922年(大正11年)11月〜12月に焦点を当て、当時の日本人や日本文化との交わりを通して、彼の人間性や学術的足跡、さらには政治的姿勢を紹介するとともに、アインシュタインが見た当時の日本を追体験して頂こうとするものです。

『「パール」展―その輝きのすべて』開催記念ストラッププレゼント
古来より人々を魅了し続けてきた真珠。古くは「神々の涙」とまでその輝きを賞され、現在でも優雅さと清らかさの象徴として愛されてやまない真珠の魅力を存分に堪能していただける展覧会です。

2005年12月22日更新 今週のひとこと
先生も走るこの季節。ポポだって走るのだ。ポポ走(ポポワス)
なんだか新しい整腸剤のようでもあるが、とにかくバタバタしているのである。
バタバタしすぎてファミレスでのお会計の際、何故か伝票ではなくコーヒーカップを片手にレジに向かい、そのまま差し出してしまった程だ。「ドリンクバーはあちらです」と店員に諭されたのは言うまでもない。
そんなバタバタしている状態であるからして、この原稿を書く余裕などあるはずもなく、というかすっかり忘れていた。青写真すらすらできていない。なんなら今書きながら手探りしている状態である。
『特殊相対性理論』などという小難しい単語が目の前をチラつくものの、ヤリ手のキャバクラ嬢を好きになりかけている時のような、「アイツだけは止めておけ」的な防衛本能が働いてしまう。題材としては壮大すぎる。相手が悪い。
「お前がどうこうできるタマじゃない」となじみの喫茶店のマスターに執拗に説得されるぐらいの勢いだ。そんな自分の不甲斐なさに情けなくて涙が出てくるが、無論「神々の涙」と称されるような、真珠のごとき美しい涙などでは決っしてない。所詮、私のような小市民は「バナナの涙」程度である。
いや失礼、うしろ指さされ組の「バナナの涙」は名曲なのであって、私など未だにソラで歌える程だ。結局、何が言いたいのかと言うと、名曲まで持ちだしてバタバタした挙句、いつにも増して内容の無いものになってしまったなあということだ。とはいえ、季節感がないと評される当コーナーにおいて、このバタバタ感を持ってして皆様に年の瀬の慌しさを感じていただけるのであれば、これ幸いと思うのだ。などと適当なまとめ方で逃げようとしている私を誰か捕まえてごらんなさい。アハハハハハハハ〜アハハハハハハハ〜。


2005年12月5日更新 プレゼント

映画『Mr.&Mrs.スミス』オリジナルマフラーペアセット プレゼント待
ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー最大のヒット作、映画『Mr.&Mrs.スミス』。灼熱の国での情熱的な恋愛モードから一変、暗殺者としてバトルするスリリングなアクション・シーンの連続。そして観る者の全感覚を刺激する空前のクライマックスまで、あらゆる常識を打ち破りながら、ひたすら突き進んでいく…。誰も、このふたりから目が離せない!!

2005年12月15日更新 今週のひとこと
例えば幼少時代、母親の再婚相手に首を絞められるなどの虐待を受けたわけではないのだが、私はマフラーネクタイといった首に巻きつける類が苦手である。
無論「ネクタイという鎖でつながれた社会の犬にはなりたくない」といった“尾崎イズム”からくるものではない。むしろ長いものには巻かれるタイプである。してまた、マゾヒストという特性から考えても“屈服させられる”といった行為は私にとって喜びですらあるのだ。そう考えるとマフラーを“巻かれる”といった形式であれば耐えられそうな気がしないでもない。
マフラーやネクタイが苦手なのは、長時間首に巻いていると肩が異常に張ってきて気持ち悪くなってしまうからだ。だが、その苦痛とも言える行為を第三者に“強いられる”のであれば、あまんじて受け入れるだろう。
そもそもマフラーは、場合にもよるが、大抵は自分で巻くものである。そしてそれは、『防寒』という自分を守る行為であると同時に、マゾという観点からは対極に位置するものである。そういった事から自然と体が拒否反応を起こしているとも考えれられなくはない。
ネクタイにおいても然りだ。独り身で自らネクタイを巻いているうちは、単なる苦行でしかないが、結婚をし、妻にネクタイを締められる、もっと言えばネクタイという首輪をつけられると考えれば溜飲が下がる。
『男を働きに行かせ、女はその手綱を裁く』。一見、鵜飼いと鵜のような主従関係のようだが、“男が外へ”“女は家へ”という表面の形式だけを見て取れば、日本の古き良き家庭像に当てはまりはしないだろうか!? 日本の高度成長期を支えた『亭主関白』が、実は見た目とは逆のSとMの関係性から成り立っていたことが伺える。
もはや自分でも何を言っているのか収拾がつかなくなっているが、性癖と妄想をブチまけて、文字通り“自分の首を絞める”ことになっているのは確かだ。とはいえ、不特定多数の人にそんなモノを見られるのかと思うとそれはそれで興奮するのであって、もはやプレイであるからして、あまり気にしないで頂きたい。


2005年12月1日更新 プレゼント

『ちびくま』プレゼント
イギリスで生まれた、動物の赤ちゃんを主人公にした絵本シリーズです。主人公のちびくまをはじめ、ページをめくるたびに、触るとふわふわする動物がたくさん登場します。
かあさんぐまにぴったり寄り添って一冬を過ごしたちびくま。とうとう外の世界に飛び出す時がきたものの、探険に夢中で迷子になってしまいます。さあ、ちびくまは、おかあさんの元へ帰れるのでしょうか!?
母子の愛情を描いたストーリー。

2005年12月1日更新 今週のひとこと
人は、無意識の内に“小=カワイイ”という先入観を持ってしまいがちだ。
例えば「くまが出たぞー!」と聞けば逃げ惑い、敵対心を抱くが、「ちびくまが出たぞー!」となると自ら近寄りウェルカム態勢をとってしまうだろう。
電車内で見かけた制汗スプレーの広告に「冬の小汗は要注意」みたいな謳い文句があったのだが、この『小汗』にもその効果は作用している。
“人の熱気と暖房により、必要以上に蒸された冬場の電車内で、額にうっすらと浮かぶ汗”。これを見事に表現した言葉であると同時に、『小腹』『小脇』に代表されるプチ感覚が備わっている。しかも、そのチョコンとした字面から“小さな妖精達が額から滑り落ちてくる楽しげな画”を想像してしまわないだろうか!?
だが、気をつけなければならない。どうも臭いらしいのだ。
無論、私のことではない。『小汗』の話しである。
まあ、小汗をかく私が臭いと言われればそれまでだが、とにかく、夏にかく大量の汗と違い、冬場の小汗には体内の不純物が凝縮されてしまうのだそうで、放っておくと途轍もない異臭騒ぎへと発展するらしい。
ここに小汗の「山椒は小粒でピリリと辛い」というか、「小さいからってナメんなよ」といった気概が感じられる。“カワイイ”という評価は、ともすれば、相手を“格下”とみなすことでもあるのだから、言われた当人が憤慨するのも無理はない。
「大は小を兼ねる」というが、「小がDieを招く」といった事態だって起こりうるのだということを小汗によって思い知らされた今日この頃。何だかウマイ事言ってお茶を濁そうとしているのがバレバレだが、デカイ話をしようとして、小さくまとまってしまっただけの事である。


文:ポポ伊藤

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