- 家紋 九曜
- 兜 鉄錆地塗六十二間筋兜八日月愛宕権現守札前立
- 鎧 鉄黒塗五枚胴具など
智勇を兼ね備え、正宗を支えた男
片倉小十郎とは伊達氏に仕えた片倉氏の代々の当主が踏襲した名である。歴代の片倉小十郎の中でも初代・小十郎の景綱(かげつな)は、幼き伊達政宗(幼名:梵天丸)の養育係を経て軍師として政宗を支え、戦国時代から明治まで続く片倉氏の礎を築いた。
摺上原(すりあげはら)の戦いで葦名(あしな)・佐竹氏連合軍を破り、奥州のほとんどを手中に収めた政宗だが、この侵略そのものが豊臣秀吉が法令化した惣無事令(そうぶじれい)に抵触するとして全国統一を目指す秀吉に奥州征伐の大義名分を与えることになってしまう。この事態に政宗は徹底抗戦の構えを見せるも、景綱がそれを説き伏せ、最終的には政宗が秀吉の小田原征伐に参陣することで許しを得た。
景綱は、その後も政宗の片腕として存分に手腕を振るい、伊達氏にとってなくてはならない存在となる。それは、江戸幕府が発した一国一城令下でも景綱が居城した白石城は破却されなかったことからも窺い知れる。一方で秀吉から大名に取り立てられながら政宗への忠義を理由に辞退しており、伊達氏の家臣としての地位をよくわきまえた人物だった。
また、景綱は同じ伊達氏の重臣の中でも「武の伊達成実」に対し「智の片倉景綱」と呼ばれたが、一説によれば剣術にも長けと言い、幼少期の政宗の剣術指南も務めたと言われる。
ゆかりの地白石城[しろいしじょう]
政宗の右腕・小十郎の居城
伊達藩家臣のうち、政宗の右腕として知られるのが軍師・片倉小十郎景綱。政宗の初陣以降、多くの合戦をともにし、その智略で政宗を支え続けた。白石城は、仙台城の支城として景綱をはじめ片倉氏が代々居城した平山城で、現在の城閣は平成7年に復元したもの。10月3日(土)には本丸芝生広場などで「鬼小十郎まつり」を開催。
DATA
住所 宮城県白石市益岡町1-16
TEL 0224-24-3030(白石城管理事務所)
開園時間 9:00〜17:00(11〜3月は〜16:00)
定休日 12/28〜12/31
料金 大人300円、小中高校生150円
P 81(無料)
交通 (電車)JR仙台駅より東北本線で約50分、白石駅下車徒歩約10分 (車)東北自動車道白石ICより国道4号線経由約5km
URL http://www.shiro-f.jp/shiroishijo

木造で忠実に再現。桜や紅葉など、四季ごとに趣がある。内部見学可。
この人が“彼”を演じてました!
- 『独眼竜政宗』(1987年/NHK大河ドラマ) 西郷輝彦
- 『天地人』(2009年/NHK大河ドラマ) 曽根悠多
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