- 『Ray Of Hope』
- 8月10日(水)発売
- 初回限定盤:3500円
WPCL-10964/5
(ボーナスディスク「Joy1.5」付き) - 通常盤:3150円
WPCL-10966 - ワーナーミュージック・ジャパン
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Q26 厄年のとき、お祓いはされましたか?
「もちろんしました。女房が出雲大社のある町の出身なんですけど、東京に分祀があって、厄払いも子どもの行事も結婚式も、全部そこでやらせてもらってます。何かあるとそこに行けばいいから、すごく助かってますね」
Q27 自分のレコード、CDをショップで買ったことは?
「ないですよ。そんな人、いるんですか?」
Q28 いちばん印象に残ってる学校の先生は?
「中学のときの音楽の先生。ブラスバンドの担任だったんだけど、ヘンな先生でね。僕らがバンドを組むと、“練習していい”って音楽室を開放してくれたんですよ。ちょっとキレてるところもあったけど、印象に残ってるのはその方くらいですね。その先生は高知の出身で、“南国土佐を後にして”という歌は、先生が芸大に入るとき、お師匠さんにあたる武政英策が彼を送り出すために作ったんですよ」
Q29 最後の晩餐には何を食べますか?
「鰻。昔は幼少に貧しかった人は、鰻かエビフライって相場が決まってたんです」
Q30 ライブで演奏していて楽しい曲は?
「自分の曲を楽しんで演奏したことなんて、一度もないですね。人に聴かせるものだから、自分が楽しんでちゃいけないので。しかも僕はバンマスだから、ずっと後ろのことを気にしてるんですよ。あいつ、ちゃんと段取り通りやってるかな? って」
Q31 新しくなった大阪フェスティバルホールでもライブをやってくれますか?
「もちろん! 根性入ってるらしいから、楽しみにしてますよ。キャパも同じだし、模型を使った風洞実験も続けてるらしくて。さんざんっぱら文句を言った甲斐がありました(笑)」
Q32 ゴルゴ13に何か頼むとしたら?
「人殺しはやめて、早く引退しなさい」
Q33 これからやってみたい楽器は?
「50を過ぎたら三味線をやろうと思って、早8年経ってしまいました。老後はのんびりライブをやって、あとは三味線でもやろうと思ってたんだけど、何だか忙しくなってしまって。でも、ホントにやりたいんだよね。三味線を弾きながら、都々逸とか小唄とか」
Q34 『新・東京ラプソディ』に出てくる自転車は、なぜ黄色ではなく、緑色なのでしょう?
「単なる語呂合わせですよ。“○○○色”にしようと思って、最初はドドメ色しか思いつかなかったんだけど(笑)、イントネーションがきれいだったのが緑色だっただけ。この質問、お客さん(ファン)でしょ? そんなね、深い意味なんてないんですよ。ボブ・ディランの歌詞を深読みしたがる人たちをディラニストって言うんだけど、ボブ・ディランも嫌がってるみたいだし。緑色の自転車はきれいだけどね」
Q35 アルバム『RIDE ON TIME』発売時、秋のキャンペーン広告を十勝岳で撮影したときのエピソードを教えてください。
「なにしろ噴煙のなかでの撮影ですから、肌がボロボロになるんです。岩に座ってると、ジーンズが硫黄で溶けてくるし。しかも、僕の大嫌いなトレンチコートを着させられて。大喧嘩しました」
Q36 コンビニに行くことはありますか?
「毎日のように行ってますよ。この質問は要するに、執事か何かがいて、“あれ買ってこい”とか言ってるのでは? ってことでしょ。バカバカしい」
Q37 誰とでもデュエットできるとしたら?
「原節子。ロニー・スペクターもいいかな。でも、やっぱり原節子。そっちのほうがシャレになる(笑)」
Q38 ミュージシャンになってなかったら、何をしていましたか?
「天文学者になりたかったんですよね。星を見て暮らしたかったので。でも、高校をドロップアウトしちゃったから、そっちには行けなくなって。あとは音楽出版社かレコード・プロデューサー。そうじゃなきゃ、ホームレスですね。でも、いまさら“ミュージシャンになってなかったら”なんて聞かれてもわかんないよ」
Q39 これからバンドを組むとしたら、バンド名はどうする?
「バンドに興味がないんです。シュガー・ベイブ解散のとき“二度とバンドは作るまい”と思って、それ以来、35年間ソロでやってきたので。ライブのときのバンドにも名前をつけたことがないんだけど、それは僕の考え方の表れなんですよね。アカペラのコーラス・グループをやってみたい、という気持ちはいまでもありますけどね」
Q40 音楽を志す若者へのひと言。
「プロになりたいんだったら、契約概念を把握しておくこと。金の話を避けて通ると、あとで必ず、大変なことになりますから。音楽的なことで言えば、自分がやりたいことをどれだけ貫徹できるか、ですね」
Q41 何十年も聴き継がれる名曲と、数ヵ月で消費される曲の違いは?
「運、不運でしょう。いい曲であっても、歴史のなかに埋もれているものはいくらでもあるし。恣意的なものなんですよ、スタンダードと言っても。『クリスマス・イブ』だって、JR東海のCMがなければ、“『MELODIES』のなかの1曲”だったんだから。そんなもんですよ」
Q42 制作に行き詰ったとき、どうしますか?
「酒飲んで寝ますね」
Q43 ツアーで訪れた街で、印象に残ってるのは?
「ホテルと会場だけで、街を見るほど動かないですからね。物見遊山ではないので」
Q44 プロになろうと思ったきっかけは?
「ありません。事故です。高校をドロップアウトして、大学も3ヵ月で辞めて。音楽しかやることがなかったんですね」
Q45 好きなドーナツ
「ハニーディップかな」
Q46 アルバムを作っていて「これでOK!」と判断するポイントは?
「こっちが聞きたいよ(笑)。僕はとにかく、最後の1分、1秒まであがく人間なので。OKなんか出したことないですよ。“ここで時間です”と言われて、諦めるだけで」
Q47 曲作りのヒントを得るために、意識的にやってることはありますか?
「なるべくたくさんの異業種の人と接する。映画とか本とかは当たり前のことなんだけど、自分が知らない世界で働いている人たちの話がいちばん新鮮なんですよね。“OLが男と別れた”という話のほうが、有名人の恋愛沙汰なんかよりもよっぽど歌になるので」
Q48 いまの夢は何ですか?
「夢って言ってもねえ…。三味線やクレー射撃をやってみたいけど、それは夢じゃないからね。まぁ、“あと何枚アルバムを作れるか、あと何曲作れるか?”ということでしょうね」
Q49 音楽家として、やり残していることはありますか?
「数限りなくありますよ。僕は因果な性格でね、アルバムを作り終わったときは強烈な自己嫌悪に陥るんです。20代、30代のときなんて、“何てモノを作っちゃったんだ。これで俺の音楽人生は終わりだ”と思ってましたから。でも、次に作るときは、前のほうが良く聴こえるっていう。この年齢になると前向きな諦観がありますから、そこまで落ち込むことはないですけどね。でも、1年くらいは聴かないかな」
Q50 タイムマシンに乗れるとしたら、どの時代に行きたい?
「歴史上、もっとも平穏な時代を生きてこられたと思っているので、ほかのどの時代にも行きたくないです。“無人島の1枚”と同じで、価値のある質問ではないですね。すいませんね、理屈っぽくて」
