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 東宝版のミュージカル『エリザベート』が今年8月には通算上演回数1000回を迎え、同じく潤色・演出を手掛けた2バージョンの『ロミオとジュリエット』が、2011年の話題をさらった小池修一郎。今もっとも多忙なミュージカルのヒットメーカーが、数々の興味深い逸話を披露しながら、自らの創作姿勢、宝塚の展望などについて語った。

――東宝版『エリザベート』は、初演から12年の間に印象がだいぶ変わった気がします。

「2004年に1度リニューアルしましたが、基本は一緒です。ただ演じる方たちが、最初は無我夢中である方向に走っていたものが、再演で考え直したり、その間にいろいろ経験を積まれてからまた役に臨まれると、“あ、変わったな”とか“成長したな”と感じたり、幅が出たり深みが増していくことが多々あります。それをもう一度すり合わせていくと、それまで見えていなかった物が見えたり、感じていなかったことを感じられたりするんですね。それは、俳優はもちろん、演出する私やお客様にも言えることだと思います。音楽が変わったとか、歌が台詞になったという物理的な変化ではなく、表現する側の意識の変化と言ったらいいでしょうか。それが、観る側にも違った印象を与えるのでしょう。みんなの習熟度が変われば、そこで何かまた新たな物が生まれるのではないかと思います」

――人気の上に安住せず、常に進化を続けている感じを受けるのですが。

「進化と言っていただけるのはありがたいですが、私自身は進化かどうかもよくわかっていません。スタッフの人たちは、前回公演の記録や自分たちで控えた物を見て、確認しながらやっています。人間は同じことを完璧に繰り返すことはできないし、逆に100%変えようと思っても、その人の癖や個性は絶対打ち消せないで残っているので、まったく違う風にもならないという、非常にままならない物だと思うんですよ。ただ、自分自身にとっての新鮮味がなくなると何もできませんから、それを見つけていかないといけない。そうやって何かを見つけようと思った時に、『エリザベート』はそのポイントがたくさん内蔵されている作品なんです。そこが最大の魅力ですね。また、内蔵している物のどこを掘り当てるかによって観る側の印象も変わるし、たぶんその掘り方も人によって違うと思います。でもそれは、堀る人の感受性から来る物だし、この作品はいろいろな階級の人や、人間と人間ではないものとか、いろいろな立場の人々が、お互いにせめぎ合っていくさまを描いているので、全員が同じ演じ方や歌い方だったら非常につまらないと思うんですね。それぞれの個性がぶつかり合いながら、ひとつの面白さを作っていくのだと思います」

――今回、特に、ミュージカル俳優の登竜門のひとつと言われるルドルフ役は、3人(大野拓朗、平方元基、古川雄大)とも新キャストです。彼ら同様、『エリザベート』に出たい、小池演出を受けたいという若い俳優たちが増えていると思います。

「いや、それほどいないでしょう(笑)。でも、ルドルフの3人には頑張ってもらいたいですね。東宝版の初演の時、トート役のWキャストに入った内野聖陽さんが、『レ・ミゼラブル』とか『ラ・マンチャの男』とか、ミュージカルがとてもお好きで、でも文学座では演れないでいたんですよ。私は彼が宝田明さんとのトークショーで見せた反応で、この人はミュージカルを演りたいんだと感じたので、話を持っていったら、やっぱり演ってみたいとおっしゃって、誰もがびっくりしたわけです。後でドラマの共演者から収録の合間に、“ひとり『レ・ミゼラブル』”を演っていらしたと聞いたので(笑)、本当にお好きだったんですね。『エリザベート』の稽古中は、“自ら望んだこととはいえ”と言いつつも(笑)、不屈の精神で乗り越えてくれました。これは無理かなと思う踊りでも、とにかく努力努力で、再演の時には歌、踊り共ものすごくうまくなっていました。その後、念願の『レ・ミゼラブル』をお演りになった後、夢を達成したのか、ミュージカルから遠ざかってしまわれたのは残念ですが」

――今後、映像や他のジャンルの人にも、どんどん声をかけるのですか?

「役とのバランスがあるので、作品によりますね。昨年の『ロミオとジュリエット』では、若い男の役がいくつもあるので、いろいろなキャラクタ−の人が出られましたけど、ルドルフ役は限定されるので、誰でもというわけにはいきません。でも人材として可能性があって、この人がうんと頑張ってくれたらある所まで行けるんじゃないかという人たちを、広く求めたいですね。努力を伴うので大変ですけど、その前に諦めてしまう人も多いので、残念なんです。生まれつき歌が得意な方に演っていただけたらいいけれど、音域や役のキャラクターがあるので絞られる。これはもうしょうがないですよね。私は天童よしみさんのキャラが大好きなんです、エリザベート役はオファーしないかもしれないけど(笑)。でもあの方もアメリカンミュージカルなら似合う役がいっぱいあって、やったらすごく面白いだろうと思います。石川さゆりさんとかもそうですね」

――新ルドルフ役のひとり、古川雄大さん、そして過去には伊礼彼方さん、城田優さんがミュージカル『テニスの王子様』出身です。若手俳優のいい供給源になっているようですが。

「そうですね。既にネームバリューのある俳優さんは、ミュージカルでちょっと失敗すると恥をかくというのもあって、皆さん足踏みなさるし、時々、興味を示してくださる方がいても、全然歌えないとかね。超イケメン、超人気のお兄ちゃんでも(笑)、“あ、残念でした”になってしまうんですよ。だから結局、悔しいことですけど、ある程度新人を探さざるを得ないんですね。その点、それまで歌や踊りを演ったことがなかった若い男優さんが、『テニスの王子様』で経験を積んで、目覚めてくれれば、あとはすごく成長するんじゃないかと思うので、すごく楽しみですし、自分の持っている適性がミュージカルと合致する所で頑張って欲しいですね。また彼らが活躍して市場が広がることで、多くの人がそのジャンルで食べて行けるようになるので、さらにいい人材が集まると。これは韓国のミュージカルを観ているとつくづく思います。日本ではミュージカルはちょっと特殊な人が演る物だということになっているのが悔しいんですよ。さらに広めたいんですけどね。でもそれにはもっと歌のうまい人材が必要です。韓国の人たちのように、日本でも、子供の頃から勉強していたら、才能ある人が溢れ、結果的にもっといい作品が生まれると思うんです。ミュージカルファンのためだけのミュージカルになるのはちょっと悔しい所で、そうではない人も観てくださると、観客層が広がり、帝国劇場もいつも満席かもしれません(笑)。現在都内にある劇場を全部満席にするには、毎晩、たぶん2万人ぐらいが客席に座っていないと、成立しないんですよ。それだけの人を集めるのはやっぱりホントに大変ですよね」

――チケットの売れ行きまで意識される、プロデューサー的視点をお持ちなんですか?

「宝塚の演出家は全員そうです。でも私も、殊にこの東宝の『エリザベート』をやらせていただいて、そのことを痛感しました。なんのかんのと言ってもお客様が来なければダメですから。そこをなんとか維持していくことに関しては、初演からトートを演じていらっしゃる山口祐一郎さんに、大変感謝しています。彼ぐらいの俳優だったら、自分の希望も言えると思うし、彼の志向性に沿った自分中心の演目が並ぶはずなのに、それを抑えて、その時々の東宝のニーズに一生懸命ご自分を即してやっていらっしゃる、大変稀有な方です。東宝に身を捧げていると言っても過言ではなく、その貢献度においては、長谷川一夫さんや森繁久弥さんと並ぶぐらいだと思いますよ。非常に尊敬しています。祐一郎さんがドンと居てくれることで、逆に他のキャストに多少冒険をさせることができるし、新しいエリザベートたちがそれぞれ違う演技をしてもそれを受け止めてくださるんです。個々の役者が自分の個性を出して取り組んでも成立しているのは、やはり祐一郎さんと、初演からルキーニ役をシングルキャストで務めていらっしゃる嶋(政宏)さんが、作品がちゃんと維持できるように努力してくださっているからだと思います。宝塚を卒業して間もないヒロインたちが、ドキドキしながら演っているのを、非常にうまく引っぱって行くのも、やっぱり祐一郎さんと嶋さんだと思いますね。ルドルフの場合も、うまい人が余裕で死ぬ演技をしても、かわいくないと言うか、共感できないかも知れません。まだちょっと青い連中でも、1回1回本当に命を賭けて演じれば、皆さんが観たいと思う舞台になるんじゃないでしょうか。古川君も平方君も大野君も、それぞれ三者三様です。ただ、ミュージカルの経験値ということでいくと、大野君が一番薄いので、今、彼は苦しい奈落の淵をさまよっていると思います。初日までにどこまで這い上がるか、自分の千龝楽までにどこまで浮上してくるかが勝負だと思います」

小池修一郎

――未熟な人を待って育てるという姿勢は、宝塚の指導者であることが大きいですか?

「宝塚はそういう所ですから。2000年の東宝の初演時は、まだみんな、自分がどうなっていくかわからない状況でした。嶋さんもミュージカルは『王様と私』しか演っていなかったし、祐一郎さんも、劇団四季でのキャリアはともかく、外では2、3本ぐらいしか演っていなかったんです。みんな手探りで、見ている方向も必ずしもひとつではなく、それぞれいろんなことを考えている状況でした。でもそのバラバラの物が回転していくと、ひとつの玉になるんですよ(笑)。その玉がエネルギーを出せるか不発に終わるか、すごく怖かったけれど、作品の持つ力が支えましたね。そもそもが多面的で、ひとつのことだけに絞られた作品ではないので、月面のクレーターみたいに、いろんな所からエネルギーを噴出させながら、回転して進んで行ったんです。今回も新しい人たちが何人か入って、また新たなエネルギーが噴出すると思います。エリザベートの父親役に今井清隆さん、フランツ・ヨーゼフに岡田浩暉さんが入られて、何より春野寿美礼さんは、女優として、『マルグリット』を演っていますが、やっぱりエリザベートは大変大きい役ですし、まったく新たな挑戦だと思います。瀬奈じゅんさんも、前回は勢いで乗り越えたとして、今度は消化不良だった所をばちっと演ってやろうと思って構えているでしょう。役者にとって、再演でも新たな発見ができる作品なので、『エリザベート』の魅力なんじゃないでしょうか」

――ウィーン版に出演したトート役のマテ・カマラスさんが加入するのも大きいですね。

「マテは以前から日本でやりたいと言っていて、“日本語がどれぐらいできるかだよ”と言ったら、去年、『MITSUKO〜愛は国境を越えて〜』を演る前、大阪にある語学の学校に1か月以上通って、随分読み書きもできるようになりました。彼はハンガリー人で、母国語のマジャール語は母音が強いので、日本語に聞こえるんですよ。でもちょっとシャイなので、もっと喋るといいんですけどね。日本人の配偶者を持たないと完璧に滑らかにいかないかもしれません(笑)」

Text●原田順子 Photo●源賀津己

PROFILE

こいけ・しゅういちろう 1955年生まれ、東京都出身。1977年、宝塚歌劇団入団。1986年、バウホール公演『ヴァレンチノ』の作・演出でデビュー。1996年、ウィーン発のミュージカル『エリザベート』の日本初演にあたり、潤色・訳詞・演出を担当。ほかの主な演出作品に、『華麗なるギャツビー』『PUCK』『NEVER SAY GOODBYE』『THE SCARLET PIMPERNEL』『カサブランカ』(以上宝塚歌劇団)、『モーツァルト!』『キャバレー』『MISTSUKO〜愛は国境を越えて〜』『ロミオとジュリエット』(以上外部公演)など。菊田一夫演劇賞、千田是也賞、読売演劇賞など受賞多数。


TICKET

『エリザベート』
 5月9日(水)〜6月27日(水) 帝国劇場(東京)
 7月5日(木)〜26日(木) 博多座(福岡)
 8月3日(金)〜26日(日) 中日劇場(愛知)
 9月1日(土)〜28(金) 梅田芸術劇場 メインホール(大阪)

 

公演・チケット情報



宝塚歌劇月組『ロミオとジュリエット』
 6月22日(金)〜7月23日(月) 宝塚大劇場(兵庫)
 8月10日(金)〜9月9日(日) 東京宝塚劇場(東京)

公演・チケット情報



INFORMATION

宝塚歌劇宙組『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』
 8月31日(金)〜10月8日(月) 宝塚大劇場(兵庫)
 10月19日(金)〜11月18日(日) 東京宝塚劇場(東京)
 ※宝塚大劇場公演は7/28(土)一般発売、東京宝塚劇場公演は9/9(日)一般発売



2012.04.17更新

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