2009年に若手指揮者の登竜門として知られるブザンソン国際コンクールで優勝を飾ってから、早いもので4年。現在34歳の山田和樹は、若手とは思えない熟達した指揮によって、国内外で着実にキャリアを重ねている。2010年には、小澤征爾の推薦でサイトウ・キネン・フェスティバル松本に出演。2012年からは、スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団のミュージックパートナーと、国内外のオーケストラのポストを兼任している。そんな、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの俊才に、これまでの軌跡と今後の展望を語ってもらった。
――山田さんは現在ドイツのベルリンを拠点に世界を飛び回る日々。各国の名門オーケストラを指揮されていますが、そもそも指揮者を志されたきっかけは何だったのですか?
小学校高学年の頃から漠然と憧れていました。当時は児童合唱団に入っていたのですが、変声期に歌えなくなって。その後、高校で吹奏楽部に入り、学生指揮者を務めたのですが、当時は職業にしようとまでは考えていませんでしたね。高校2年の終わり頃、師事していた先生のところでオーケストラを指揮をする機会があり、本格的にこの道へ進みたいと思うようになりました。
――その後、東京藝術大学の指揮科に進学し、「炎のコバケン」の異名でも知られる巨匠、小林研一郎さんに師事されましたね。どんな指導や影響を受けましたか?
小林先生から学んだことのひとつに、人と人が関わる際の「距離感の図り方」があります。たとえば、僕の名前を呼ぶ時ひとつを取っても、山田君、和樹、和樹先生、君、お前などといった具合に、場の状況に応じて的確に使い分けていらっしゃるんです。オーケストラに自分の意図する音楽を伝え、質を高めていく上で、こうしたコミュニケーション能力は何よりも大切だと思います。その極意を間近で学べて、本当に幸せでした。
――では、小林さんの音楽作りの現場で印象に残っていることは?
小林先生は語彙が豊富で、とても効率的なリハーサルをされるのですが、その中で今も忘れられないのが「美しすぎます」という言葉。先生は「行間の宇宙」とおっしゃるんです。作品の奥底にある作曲家の苦悩、慟哭、叫びといったものを表現しなければならないと。それを初めて聞いた時、音楽にはそんな表現もあるのかと驚きました。海外の楽団を指揮する際に、僕も時々この言葉をお借りするのですが(笑)、団員の皆さんも鮮烈な印象を受けることが多いようです。
――そんな山田さんの指揮活動の原点と言えるのが、結成から現在まで音楽監督を務めておられる横浜シンフォニエッタ(*1)だと思います。近年は録音を行ったり、フランス・ナントのラ・フォル・ジュルネ音楽祭に出演したりと、活躍の場をますます広げていらっしゃいますね。
*1…1998年に結成された東京藝大の学生有志オーケストラ、TOMATOフィルハーモニー管弦楽団が前進。2006年から現在の団名「横浜シンフォニエッタ」に改称。
最初は、学生でなかなか指揮をする場がない僕のために集ってくれた仲間や友人という意識が強かったのですが、最近は皆、第一線で活躍するようになってきて。僕も含め、様々な仕事の現場を経験したことで、目指す音楽の方向性も多様になってきました。でも、そのあたりをいかにまとめて形にしていくかが面白さでもあるので、バチバチ意見を出し合いながらやっています。また、アンサンブルの質を高めたいので、パートの席順を固定しないようにもしていて。特に第1ヴァイオリンは、全員がコンサートマスターをできるようになるのが理想ですね。僕はそれを「指揮者のいるオルフェウス室内管弦楽団(*2)」と呼んでいます(笑)。
*2…ニューヨークを拠点とするオーケストラ。1972年設立。指揮者を置かないオーケストラとして知られる。
――昨年の日本における活動で特に注目を集めたのが、日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者就任でした。恩師の小林さんが桂冠指揮者を務めるこの伝統ある楽団とは、今後どのような取り組みをされていくつもりですか?
初めて指揮したのが2007年の秋。以来、折に触れて指揮させていただくことで、毎回貴重な経験を重ねてきました。日本フィルの魅力は、演奏時の集中力と、誤解を恐れずに言うなら、「日本的なサウンド」だと思います。首席指揮者アレクサンドル・ラザレフさんのチャイコフスキーや、首席客演指揮者ピエタリ・インキネンさんのシベリウスなど、いい音楽に柔軟に対応できるけれど、その時の「いっちょ、やってやるか!!」という気合いの入れ方が半端ないんです。インキネンさんは、それを「野性味あふれるサウンド」と、絶妙に形容されていますね(笑)。現在の日本フィルは、小林先生をはじめ、ラザレフさんも、インキネンさんも、レパートリーが非常に個性的。ですから今後、正指揮者のポストをいただいた自分としては、その隙間を埋めるようなフランスの音楽、あるいは変化球的なアメリカの音楽などを取り上げていくつもりです。
――変化球という意味では、昨年11月の正指揮者デビュー公演において、ムソルグスキー「展覧会の絵」のストコフスキー編曲版を指揮されて話題になりました。
選曲に関しては、「企画的な面白さ」よりも、自分の興味や関心に沿った「しっくりくるもの」を優先しています。「展覧会の絵」は、あまりに有名なラヴェル版が自分には難しく苦手意識があって、かつて横浜シンフォニエッタで指揮した時は、中国のジュリアン・ユーの室内楽版を使いました。そして今回は、僕が尊敬してやまないストコフスキーの編曲版を。編成が大きく、なかなか演奏できない版なので、デビューの記念にちょうどいいと思ったんです。
――では逆に直球勝負で、チクルス的に取り上げてみたい作曲家はいますか?
インキネンさんもこれまでにプログラムに取り上げたマーラー。あと、日本フィルが最近手をつけていないところではニールセンの交響曲ですね。来年4月の第659回定期演奏会で、第4番「不滅」を指揮するので、それを皮切りに、他の交響曲も取り上げてみたいです。
――山田さんと日本フィルの新企画として、「コンチェルトシリーズ」も始まりましたね。普段の演奏会では、前座や脇役のような位置に置かれることが多い協奏曲。それをあえて主役に据える、非常に斬新で興味深い取り組みですね。
昔から協奏曲をはじめとした「合わせもの」を指揮するのが大好きでなんです。大学3年の時の試験が協奏曲だったのですが、当時はうまくいかなくて。以来、手当たり次第勉強する中で、同じ作品でもソリストによって曲の表情がまったく変わることを知り、心から面白いと思うようになりました。シリーズ初回の昨年9月は、ピアニストの小山実稚恵さんをソリストに迎え、ラヴェル、ラフマニノフなど3つの協奏曲を演奏しました。
――9月13日に、杉並公会堂で「Vol.2」が行われますが、ソリストや聴きどころは?
チェロの山崎伸子さん(ドヴォルザークのチェロ協奏曲)、ピアニストの菊池洋子さん(アンダーソンのピアノ協奏曲とガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」変奏曲)、トロンボーン奏者で日本フィル首席の藤原功次郎さん(菅野祐悟のトロンボーン協奏曲「flower」)の3人です。キャスティングや選曲にはすべて責任を持って関わりました。特に注目していただきたいのが、菊池さんと共演するアンダーソンの協奏曲。日本のプロ・オーケストラでは、演奏される機会が滅多にない曲ですが、とても快活で親しみやすい曲です。僕が5年ほど温めてきた演目なのですが、この作品にふさわしいピアニストのイメージがなかなか浮かばなくて。菊池さんとは今回が初共演ですが、ヴァイタリティあふれる演奏は曲想にぴったりだと確信しています。
取材・文:渡辺謙太郎(音楽ジャーナリスト)
写真:吉田タカユキ
1979年、神奈川県生まれ。東京藝術大学指揮科卒業。指揮法を松尾葉子・小林研一郎の両氏に師事。
2009年、第51回ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝、併せて聴衆賞も獲得。ただちにモントルー=ヴェヴェイ音楽祭にてBBC交響楽団を指揮してヨーロッパデビュー。同年、ミシェル・プラッソンの代役でパリ管弦楽団を指揮、すぐに再演が決定する。
2010年には、小澤征爾氏の指名代役として、カザルスホールでの演奏会、スイス国際音楽アカデミーにて指揮したほか、小澤氏の推薦により、サイトウ・キネン・オーケストラを指揮、好評を博した。
2011年、出光音楽賞受賞。2012年、渡邊暁雄音楽基金音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、文化庁芸術祭賞 音楽部門新人賞受賞。これまでに、NHK交響楽団をはじめとする日本国内主要オーケストラ、BBC交響楽団、バーミンガム市交響楽団、イギリス室内管弦楽団、パリ管弦楽団、イル・ド・フランス国立管弦楽団、ルーアン歌劇場管弦楽団、ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団、トゥールーズ・キャピトール管弦楽団、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、ベルリン放送交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送交響楽団、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団、ワイマール歌劇場管弦楽団、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、マルメ交響楽団、シンフォニエア・ヴァルソヴィア、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団などへ客演。
また、バート・キッシンゲン音楽祭、モンペリエ音楽祭、マントン音楽祭、ブザンソン国際音楽祭、ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭など、ヨーロッパの音楽祭への出演も多数。
共演したソリストには、ヴァディム・レーピン、イザベル・ファウスト、バイバ・スクリーデ、ジェイムス・エーネス、アラベラ・美歩・シュタインバッハー、堀米ゆず子、諏訪内晶子、庄司紗矢香、今井信子、ヴォルフガング・シュルツ、ボリス・ベレゾフスキー、シプリアン・カツァリス、ジャン=イヴ・ティボーデ、ファジル・サイ、小菅優、小山実稚恵、山下洋輔などが挙げられる。
現在、スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、横浜シンフォニエッタ音楽監督、オーケストラ・アンサンブル金沢ミュージック・パートナー、仙台フィルハーモニー管弦楽団ミュージック・パート ナー、東京混声合唱団レジデンシャル・コンダクター。ベルリン在住。
2012年8月には、サイトウ・キネン・フェスティヴァル松本にて小澤征爾氏の代役としてオネゲル作曲「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を、サントリー芸術財団サマーフェスティヴァルではクセナキス作曲「オレステイア三部作」を続けて指揮、好評を博した。
今後も、BBCフィルハーモニック、パリ管弦楽団、ケルン放送交響楽団、エッセン・フィルハーモニー管弦楽団、エーテボリ交響楽団、などへの客演が決定している。また、2013年12月には、ウィーン・デビュー(ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団)も予定されている。
山田和樹コンチェルト・シリーズ Vol.2
2013/9/13(金) 19:00開演 杉並公会堂 大ホール(東京都)
※18:30より山田和樹によるプレ・トークあり。
[出演]
<指揮>山田和樹(日本フィル正指揮者)
<チェロ>山崎伸子
<ピアノ>菊池洋子
<トロンボーン>藤原功次郎(日本フィル首席奏者)
<演奏>日本フィルハーモニー交響楽団
[プログラム]
ドヴォルジャーク:序曲《謝肉祭》
ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲
菅野祐悟:トロボーン協奏曲《flower》
ガーシュウィン:《アイ・ガット・リズム》変奏曲
アンダーソン:ピアノ協奏曲