TOP > 今週のこの人 > 柴幸男

柴幸男

リズムに合わせて発せられるセリフ、そのリフレイン。時にちゃぶ台から太陽系が広がり、数メートルの道に人生が立ち現われる。そんな世界をつくりだす、ままごと主宰・柴幸男。ここ数年は地方に滞在しての制作活動も多く行ってきた。今の演劇界を語るにあたって外すことのできない存在だが、本人は「演劇界の中にいるという意識はない」と、今まさに独自の道を模索しつつある。『朝がある』の稽古真っ最中、公園の一角にある稽古場でたったひとりの俳優と向き合う彼に話を訊いた。

――『朝がある』の稽古を見せていただきました。今日はビートに乗せて役者が動き、それに合わせた光のパターンをその場でつくるという作業をされていましたね。初めて見るタイプの稽古で衝撃的でした。脚本を書いている時点では、この状況のどのあたりまで頭にあるんですか?

「いや、なにもないです。脚本は、ただ言葉を書いているだけです。拍というか時間がまず決まり、音と身体の動きが同時で、いま映像に辿り着いたというところです」

――この作品は三鷹市芸術文化センターのシリーズ、〈太宰治作品をモチーフとした演劇〉シリーズとしてつくられているものですよね。お話が来たときにどういう形でアプローチしようと?

「『女生徒』をモチーフにすると言っていますが、この芝居ではそこに〈ある〉状態を描こうとしているんです。物語がない分、中心点に女の子を置くぐらいでないとキャッチーにはならないかなと。だから女の子、ガールで」

――あ、「朝がある」、「朝ガール」!

「そうなんです。今の時点ではそれほど直接的に『女生徒』が舞台に入ってきていないんですけど、迷子になったら『女生徒』をヒントにしようと、何回も読み返したり書き込んだりしています」

―― 〈ある〉状態を描く、とは?

「全部が〈ある〉状態だと思いたいんです。たとえば、光って、まぶしいとか光ってると思うことはあっても、“光がここにあるな”と意識することってなかなかない。そこに〈ある〉ってことを実感できづらいもの。そんなふうに、自分がいるとか、周りに何かがある、全部存在してるってことを、実感できればいいなと思うんです。実際はモノも多すぎますし、実感できない状態で生きてるんですけど“あ、今全部ある状態を体感できたな”というのが錯覚として起こったらいいなと思っていますね。感情じゃなくて……」

――体験。

「体験ですよね。実感というか。何か見えないものを実感させるためのひとつの補助線として、たとえば音楽を使ったりする。基本は、照明や動きさえなくても、うまい俳優で演技に説得力があれば、こっちを向いてしゃべってるだけで(周りにいろんなものが)あるような気になってくる。それにプラスして、セリフを言いながらひとつの方向を見ると、そっちにそのモノがあるような気がしてくる。そんなことをどんどん重ねていって、直接見せないで、あると思わせるヒントみたいなものが増えていく形にしたいと思っています」

――ないものをあるように描く、というのは、昔から柴さんの作品の要素でもありますね。

「そうですね。今回は特に、あるということだけを語ってみたい。だから物語はないんです。普通“こういう人がいて、こうなって”と時間が流れていくのがお話。でも、時間を止めてみたい。あるということだけに共感とか揺さぶられるような感情を抱けないかと」

――「なる」ではなく「ある」ということですね。「朝が来る」じゃなくて。

「『朝がある』。タイトルでそれを表明したんです。でも今、何度も何度も話が動き出しそうになっていて、必死で止めているところです(笑)。構想だけだと面白い気がするんですが、実際やるとやっぱり、退屈な気がして。うまいことやらないと、お話を見るような感じで見るとダメなので、ちょっとダンス寄りというか、不思議な感じの作品に現時点ではなっていますね」

――『朝がある』は「群像」2012年7月号に小説版が掲載されましたが、小説でも一瞬を中心に話が展開している、まさに「時間を止めている」状態ですね。

「あれは時間が前後していることで動かないように見せかけてるんですけど、主人公の女の子がどうなるのかを追いかける話になっている。舞台ではもっと時間を止めようとしている。下手したらもっとつまらなくしようとしているのかもしれない(笑)」

――今年頭の北九州芸術劇場プロデュース公演『テトラポット』のときには「物語をやる」とおっしゃっていましたね。今作で時間を止めるというのは、その反動という面もあるんでしょうか?

「そういうことですね。反動というか、ふたつ作品をやるときに、物語にもっと寄ったものをやるのと、物語のない、時間の止まったものをやろうというのと、もう最初からふたつをやろうと決めていました。2作品を逆方向に振り切る形にしようと」

――2012年に打つ公演全体を俯瞰して、振り幅を考えていたということですね?

「そうです。いや、ただ僕にはそんなに弾数がないので、やりたいことはおのずと決まってくるんです」

――先ほど「役者に力があれば」という話がありましたが、役者それぞれの個性は柴作品ではあまり出てこない印象があります。個性を引き出す芝居についてはどう思っていますか?

「僕は個性的な人も好きだし、今年4月に『あゆみ』の再演をツアーで回ったんですけど、それはこれまでとだいぶ演出が変わって、その人だからこそ出てくる芝居になったと思います。でも基本的には個性って出せない。僕の作品には出てこない。個性はあったほうが絶対いいし、あって面白い芝居もたくさんある。でも僕の作品でそれが出てこないところを見ると、才能がないのか、興味がないんでしょう。5年、10年とすごく長い時間をかけてゆるやかに変わっていくかもしれませんけど。それぐらいかけないと、僕には人が人らしく舞台上にいるというのはできそうにないです。つくっているものが違うんでしょうね。それがいいとも思ってないんですけど、いさぎよく、あきらめてみてます。長い時間をかけてちょっとずつ同居できるようにはしたいなあとは思っていますけど」

柴幸男

――秋には『ファンファーレ』が控えていますね。

「今のところノープランです。『テトラポット』と『朝がある』はやりたいことがパキンと分かれていたんですけど、『ファンファーレ』は自分の中でそのふたつをやってみて次に何をやりたいかが決まると思っています。演出が□□□(クチロロ)の三浦康嗣さん、白神ももこさんと共同なので、みんなで相談して、僕もひとつのパーツになるようなつもりです。このメンバーで何をどうセッションするかという道具として、僕には台本がひとつあるという感覚で臨もうとしていますね」

――柴さん、三浦さんと白神さんといえば、『わが星』チームですが、『わが星』再演時のすごい反響に対してはどう思っていますか?

「作品が、というよりも震災の反響がすごかったんだと思います。昨年4月頭の上演で、震災後やっと劇場作品が再開しはじめた時期だった。約1か月、演劇のない状態だったと思うので、その反響を今この作品が浴びてるところもある、と思っていました。全然想像していなかったけれど、その時上演することの意味としてハマってしまった感じもありました。いいも悪いもなく、ただ大きい反響というのは感じましたね」

――内容もちょうど、震災後の状況にマッチした。

「でもあの時はきっと何をやっても“まるで震災後に書かれたようだ”と言われたと思います。観る人がそうつなげて考えたいし、考えられる何かを探していた。作品の中で巨大地震が起きるとも言っているけれど、それは2009年に初演した時もいつ起こってもおかしくないという前提で書いてたから、その前提が1個かすっただけ。いろんな方向性をバーンと広げている作品なので、何が起こっても“あれが関係あったのか”と見える作品だと思います」

――ただ、そこで感銘を受けた人たちはその期待をもって『ファンファーレ』を観に来ますよね。

「三浦さんはあえて“わが星を超えます”と言っていますが、『わが星』はある意味、偶然の産物みたいな、もう自分のものじゃないみたいな作品なので。スタッフと演出側の3人は同じですが、キャストも音楽スタッフも全然違うので、『わが星』をなぞろうとしてもできないと思います。できないように自分たちで仕組んでいるし、それが面白いと思うんです。今の時点ではかなりどストレートで、ドシンとした芯が一本通った話をやってみようかという話もしていますね。『ファンファーレ』というタイトルも、□□□がもっともストレートに見えたアルバムの名前でもありますし」

――いまの『朝がある』の作品づくりも経て、どうつくっていくかが決まるわけですね。

「もしかしたら『ファンファーレ』で、演者の個性を引き出すという作品をつくれるかもしれません。自分ひとりでつくるとどうしても自分のつくりたいものとか、自分の最初に見えちゃってるものを形にしようとするんですけど、『ファンファーレ』はその場にある楽器をどう鳴らすかという感じなので」

――『わが星』再演のときに、この作品は形を変えずに再演をしていくものであると書かれていましたが、『あゆみ』は変化しながら再演していますね。演劇人生を考えたときに、新作と再演とをどんなふうに考えていますか?

「僕はそんなに弾を持ってる人間じゃないし、一回でいきなり大正解を出せるタイプでもない。『あゆみ』の再演をやってみて、何回も本番を重ねていくことでよくなっていったなという実感があったんです。だから、これからつくるものは、基本的には何回もやっていく中で形をちょっとずつよくしていうのが一番いい作り方だと思っています。ただ『わが星』だけは、偶然にできてしまった部分が大きい、崩すとまたゼロから作る感じに近いので、再演をしても何も変えずにやっていくことになると思います。あと『反復かつ連続』って短編も。たまにあります、そういうのが」

Text●釣木文恵 Photo●源賀津己

PROFILE

しば・ゆきお 1982年生まれ、愛知県出身。脚本家・演出家。高校時代に演劇をはじめ、日本大学芸術学部在学中に『ドドミノ』で第2回仙台劇のまち戯曲賞を受賞。『わが星』で第54回岸田國士戯曲賞を受賞。「演劇をままごとのように、より身近に。より豊かに」をモットーに、ままごとを立ち上げる。近年、北九州、名古屋、岐阜、いわきなど、地方での公演やワークショップを積極的に行っている。
ままごとHP


TICKET

ままごと+三鷹市芸術文化センターpresents
太宰治作品をモチーフにした演劇第9回
『朝がある』

 6月29日(金)〜7月8日(日) 三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京)

公演・チケット情報



INFORMATION

音楽劇『ファンファーレ』
 9月30日(日)〜10月14日(日) シアタートラム(東京)
 10月20日(土)〜21日(日) 三重県文化会館 小ホール(三重)
 10月26日(金)〜27日(土) 高知県立美術館 ホール(高知)
 11月4日(日) 水戸芸術館 ACM劇場(茨城)
 ※チケットは8月18日(土)一般発売開始。

世田谷パブリックシアター 音楽劇『ファンファーレ』公演情報



2012.06.19更新

ページTOPへ