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良質のオリジナル・ミュージカルを発信し続けるTSミュージカルファンデーションの謝珠栄が、ここ数年、アジアを舞台に、祖国や故郷を奪われ、追われた人々を描いてきたシリーズの集大成、『客家』を上演する。自身のルーツでもある客家人の独特の教えに基づく生き方、客家の女性のしなやかな強さを描いた壮大な物語について、また、オリジナル・ミュージカルへの強い思いなどを、謝が余すところなく語った。

――お父様が客家(はっか)のご出身ということですが、客家とはどういう人たちのことですか?

「漢民族の支流で、今の北京辺りの、中原という中国文化発祥の地から、戦乱が起きるたびに戦いを避けて南に降りてきた民族です。客の家と書くのは、行く先々の土地で客(よそ者)扱いされたという意味なんですね。現在は福建省の辺りに多く、世界遺産にもなっている大きな円楼に、親戚や一族が一緒に住んでいるのが有名です。うちの父は台湾で、四角い箱庭のような家に住んでいました。今回、台湾にも取材に行ったのですが、あまりにも近代化されていて、昔の民族的な繊細な物があまり残されていなかったのは残念でしたね。でも、今までと違って父と一緒ではなかったのに、皆さん親切で、本当に温かくて優しいんです。外国人だろうと分け隔てのない優しさを見て、私たちも故郷を離れて来ている人たちをもっと大切にしてあげなければいけないなと思いました」

――客家の出身者にはどんな人がいるのですか?

「孫文や、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クワンユーとか、革命的なことをやっている人たちが多いんです。客家には、どこにでも飛んでいってその土地に根付く、“落地生根”という考え方があります。だからどこへ行っても柔軟に生活できるんです。日本人は故郷に錦を飾るという意識があるので、根付かない。その違いですね。父が台湾を出る時、シンガポールに行くか日本に行くか、学校の先生に相談したら、根付くのならシンガポールの方がやりやすい。でも、学びたいなら日本の方がいいと言われて、日本を選んだそうです。もしシンガポールに行っていたら、リーダータイプの父の性格から、たぶん政治家になって、リー・クワンユーと一緒にエイエイやっていたと思いますよ(笑)」

――謝先生はこれまで、『タン・ビエットの唄』ではベトナム、『AKURO』で日本、そして『眠れる雪獅子』ではチベットと、アジアを舞台に、祖国への思いや家族の絆をテーマにした作品を発表されています。『客家』はその集大成と言えるのでしょうか。

「そうですね。『客家』は台湾で、これを入れて“アジア四部作”になります。基本的に、4作に共通しているのは領土問題ですが、『客家』で一番重要なカギになっているのが、物語に登場する実在の南宋の忠臣で、客家出身の文天祥が詠んだ『正気の歌』です。人間の頭脳では、どれほど工夫しても、自然の循環システムほど完璧な物はできないから、人間社会においても、自然の秩序がなされていなければ、物事はうまく進まない。だから、神様が作った自然界から学ぶべきことはたくさんあると言うんですね。また今回は“風”がテーマになっています。水や光があっても、風がなければ空気がよどんでしまうのと同じで、人間の社会でも、新しい風を起こしてどんどん変化していくことが大切なんです。そして、風である客家の男性がタネを運んで来て、“土”に象徴される客家の女性が、そのタネを根付かせ、生命を育てます。土はつまり子宮ですね」

――なぜ今、ご自分のルーツに迫る作品を上演しようと思われたのですか?

「動機はいつも単純で(笑)、父が来年米寿を迎えるのですが、私がこれを作ることで、客家という民族がいることを皆さんに知っていただいて、父の生きた証を残したいと思ったんです。客家は家族や同胞をとても大切にする民族で、父は祖母が亡くなった時、戦後の混乱で台湾に帰れず、それが自分でも不甲斐なかったんでしょうね。ボロボロボロボロ涙を流して泣きました。父の涙を見たのは、後にも先にもあの一度きりです。父が日本に来て起業する時に支えになってくれたのも同胞たちで、父も留学生の面倒を見ていましたし、私が子供の頃から、家には必ず台湾からのお客様が来ていました。私がこの作品をやると知って、客家の知人の周さんという方が、時間をかけていろいろアドバイスしてくださったり、台湾にも同行してくださって、偉い方々を紹介していただいたのですが、父が大切にした繋がりが、こういうところに生きているんだなあと思って、客家の連帯感と言うか、団結力の強さを改めて感じました。ただ、アメリカにいるいとこはもう完全にアメリカ人で、“客家って何?”って言ってますけど(笑)」

――この物語では客家の女性が象徴的に描かれていますが、ご自身にも、客家の女性の血が流れていると実感することがありますか?

「とにかく働き者であるということと強さ。それと、ちょっと人と考え方が違うみたいですね(笑)。最初はなぜ違うと思われるのかわからなかったのですが、何でもオープンなんですよ。だから、若い時はもっと生意気だと思われていたでしょうね。でも、客家哺娘(はっかぷーにょん)と言って、客家の女の人をお嫁さんにもらうとすごくいいんですって。とにかく1日中働いているんですよ。劇中にも、客家哺娘をお嫁さんにしたらいいという歌が出て来ます。その反面、彼女たちは当時の女性がほとんどしていた纏足をしていないんです。意志も強く、どんどん社会進出しているし、太平天国の洪秀全の妹、洪宣嬌が女性軍を作って戦ったのも、その流れだと思います。主役の水夏希さんが演じる天祥の架空の妹、文空祥も、働き者で強い客家の女性として描かれているんです」

――脚本家の斎藤栄作さんとはかなり話し合って、その度にどんどん台本も変わっているのでしょうか。

「準備稿に行くまでにもだいぶ変わっています。背景が壮大なわりに、出演者が16名で、それでも多い方なのですが、大役を演じる人が多いので、アンサンブルが少ないんですよ。戦争のシーンにも工夫が必要でした。本当はもっと増やしたいのですが、地方公演もありますし、大きい題材の時はその辺が難しいですね。それに現代のシーンと過去のシーンがあったり、登場人物も、元のフビライも出て来るわ、南宋の理宗も出て来るわ、800年後の現代では理宗の子孫も出て来るわで、本当に大変です(笑)。でも、800年の時を超えて、仁義を通して役目を果たすという客家の人たちの姿はいいなあと思いますし、面白いところですね。フビライにしても、客家の敵としてではなく、国を統一して、元、つまりここから始まる国を作ろうとした、人間的な人なんじゃないかという解釈で描いています」

――謝先生の作品の出演者は、謝組とでも言うべき、気心の知れた役者さんが多いですが、今回も、吉野圭吾さん、坂元健児さん、伊礼彼方さん、平澤智さん、今拓哉さん、畠中洋さんと、お馴染みの顔ぶれが揃っていますね。

「今回は特に私の集大成なので、今まで出てくれた人たちに出演してもらいたいという気持ちがありました。一番若い彼方君も、もう3本目ですね。みんな、今度何をするんだろうと不安に思うのではなく、私を信じてくれているので、その点ではとてもやりやすいです」

――その中で、宝塚の後輩に当たる水夏希さんが、初めてTSミュージカルファンデーションの舞台に出演されます。水さんを起用された理由は?

「ミズのことは若い時からよく知っていて、ダンスができる人なのに、トップになってからも一度も一緒にやっていないんですよ。彼女のさよなら公演の『ロジェ』は、ちょうど私が足を悪くした時で、松葉杖をついて観に行きました。退団後もどこかで一緒にやりたいなと思っていたのですが、今回の『客家』は、空という強い女性がヒロインです。実際に客家の女性たちが、文天祥を助けるために武器を持って戦ったという記述も残っているんですね。それに、私のテーマの中には必ず民族的な物を学んで入れるというのがあって、今回は中国舞踊の先生に入ってもらうのですが、中国の剣の使い方も違うし、そういう物にすぐ対応できるのは、やっぱり宝塚の後輩たちしかいないんですよね。今度も難しい技がいろいろありますが、それもミズなら心配なく演ってくれるだろうと思っています」

――もうひとりの初出演者、未沙のえるさんは、宝塚で謝先生の2期下ですね。

「ずっと仲が良かったんです。宝塚にずっといてほしかったと言われる芸達者ですから、今回のこの天祥と空祥の母親、曽徳慈も未沙さんにぴったりでしょう? これぞ客家の女性と言えるような役で、絶対面白いと思います。彼女の当たり役、『ミー&マイガール』の弁護士パーチェスターを超える踊りを踊ってもらおうと思っているんです(笑)。三人姉妹だったり、おばあちゃんとおじいちゃんが結婚する時のエピソードも、実は私のことなんです」

――作曲の玉麻尚一さんも、常連ですね。特に客家ならではのメロディが使われていたりするのですか?

「玉麻ちゃんには、“アジア四部作”全部の音楽を手掛けてもらっています。私は彼が20代の時から知っているんですよ。いつもアジアの物をやる時は、その土地の旋律を一応勉強するのですが、今回は2曲ぐらい、柔らかい中国的な旋律を意識した曲が出て来ます。その他は、“玉麻ちゃんが感じる物でいいんじゃないの?”と言いました。そうでなかったら、全部京劇みたいな歌か、歌謡曲みたいな歌のどちらかになってしまうのでね。その代わり楽器を民族楽器にしています。同じ中国系の『眠れぬ雪獅子』の時は、チベットの楽器ダミネンを使いましたが、今回は胡弓とか笛を使っています」

――この『客家』を中国で上演しようというおつもりはありますか?

「台湾で公演したいという気持ちが強いですね。台湾は客家の人たちが多いので、その可能性もあるとは思います。でも、どうせやるからには、道具や衣裳を海外公演を意識して貧相な物にはしたくないので、再々演ぐらいの時に、そういうことも想定して、リメイクするかもしれません」

――8月に、『天空の調べ』という、『客家』の出演者5人による作品が淡路島で上演されますね。

「文天祥、空祥の兄妹の物語を、オーケストラと一緒にコンサートバージョンで上演します。アクションが入ったり、南宋の時代の歴史も含めてMCを入れるので、これを観ると、『客家』がよりわかりやすくなるかもしれません。TSもオーケストラでやったことはないので、こういう機会に一度やってみたいと思っていたのですが、淡路島で若い人たちを育成しているパソナさんと、淡路島を音楽の島にしようというプロジェクトの一環として演らせていただきます。淡路島の“ここから村”で活動するオーケストラの人たちも、今までクラシックばかり演奏していたので、すごく楽しいと言ってくれています。この試みがうまく行けば、TSはたくさんオリジナルの楽曲があるので、どんどん発表することで、その催しが雇用に繋がればいいなと思いますね」

Text●原田順子 Photo●源賀津己 取材協力●パソナグループ

PROFILE

しゃ・たまえ 宝塚音楽学校首席卒業後、宝塚歌劇団に入団。退団後、NY留学を経て振付家として夢の遊眠社、こまつ座などに参加し、演劇的踊りが高く評価され、演劇界に衝撃を与える。その後も劇団四季、宝塚、東宝などのミュージカル、映画、TVで振付家として活躍し、1990年演出家に転向する。宝塚では演出作品も『激情』『凱旋門』など多数。受賞歴も多く、第43回芸術選奨文部大臣新人賞、第20回菊田一夫演劇賞を受賞した他、2008年には第43回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞している。
TSミュージカルファンデーションHP


TICKET

TSミュージカルファンデーション
オリジナルミュージカル
『客家 〜千古光芒の民〜』

 11月9日(金)〜18日(日)
 天王洲 銀河劇場(東京都)
 ※チケットは8月4日(土)一般発売

公演・チケット情報



『天空の調べ〜文天祥物語より〜』
 8月11日(土)〜12日(日)
 淡路市立しづかホール(兵庫県)

公演・チケット情報





2012.07.31更新

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