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野村萬斎

 世田谷パブリックシアターの芸術監督として他にはない世田谷ブランドを作り上げてきた野村萬斎。もちろん自身も狂言師として、役者としての腕に磨きをかけ続けながら、演出家としても一作ごとにチャレンジを重ねてきた。そうそうたるキャストの集う舞台『サド侯爵夫人』を控えて、彼の今回の、そしてこれからの大きなチャレンジについて聞いた。

――『サド侯爵夫人』の稽古も大詰めの時期かと思いますが。

「そうですね。だいぶ稽古にも緊迫感が出てきましたよ。あと2週間(取材日時点)か……」

――今回は萬斎さんが関わる演出作品の中で初めて、ご自身が出演されない公演となりますね。

「僕が世田谷パブリックシアターの芸術監督に就任して9年目になります。そのなかで、自分なりに演出のハードルというものを設定してきました。最初は狂言師が狂言の手法でシェイクスピアを演る『まちがいの狂言』からはじまり、狂言師が現代劇をやった『敦―山月記・名人伝―』。それから、狂言師がぐっと減っていろんなジャンルの人が参加した『国盗人』。ここで白石加代子さんともご一緒した。さらに『マクベス』では狂言師が僕だけになった」

――ひと作品ごとに変化がみてとれます。

「そして今回の『サド侯爵夫人』は女優さんだけの舞台。狂言師を使わないということが僕のひとつのハードルになっているわけです。演出だけでなく自分が出演している作品の場合は、どこかでケツをまくれてしまうというか、自分の演技で帳尻を合わせてやるということができる。けれど、今回は演出だけで納得させなきゃいけない」

――今までの中でも特に大きなハードルのように見えますね。

「とはいえ、やっぱり僕自身が狂言を中心に活動している人間ですから、僕のいろんな発想が活かせる戯曲を探していた。そのとき、昔イングマール・ベルイマンというスウェーデンの映画監督が演出した『サド侯爵夫人』を観て感銘を受けたことを思い出したんです。改めて戯曲を読み直してみたら、言葉の重厚さが迫ってきた。周りの状況描写よりも、とにかく言葉でせめぎあえる作品なので、これは能舞台という裸舞台でやっている我々と通じる感覚で演出できるのではないかと思ったわけです」

――戯曲が決まったとなると次はキャストですね。とにかく豪華な女優陣ですが、どんなふうに選ばれたんですか?

「この戯曲を演じられる役者さんでないと、成立しない。言葉を身体性に返していけるような人ということで、まず白石加代子さんと麻実れいさんにお願いした。このおふたりこそ三島の様式美のごとき文体を自由自在に操れる人であろうということです」

――主人公・ルネに蒼井優さんをキャスティングしたのは?

「伝統芸能を中心に生きてきた僕のなかで、女優業というものの技術や経験も伝承されないものか、と思ったんです。日本にも山本安英、杉村春子、太地喜和子といった伝説の女優たちがいる。そういう方たちの手法が、そのままではなくとも、もうちょっと伝承されてもいいのではないかと。僕自身も、映像の世界でちょっとでも萬屋錦之介さんや京マチ子さんとやれたことが非常にいい思い出になっているんです。直接師弟関係になるわけではなくてもその場に一緒にいることで学べることがあるはず。加代子さんと麻実さんのおふたりはまさに日本の2大女優でもありますし、彼女らの後継者になりえる人は誰かと考えた時に蒼井優という人に、日本の大女優になってもらいたいなと思ったわけです」

――なるほど。美波さんや町田マリーさんも同様に継承してほしいということで選定を?

「そうです。この戯曲自体に、世代交代や社会の変革がひとつのバックグラウンドとしてある。そこでキャストの構成も世代ごとに分けたんです。第1世代として加代子さん。第2世代が麻実さんと、シミアーヌを演じる神野さん。シミアーヌはサド侯爵と幼馴染というイメージがある。この舞台にはサド侯爵本人は出てきませんが、演出の私を仮にサド侯爵として設定して演出をしている。まあ冗談半分にですけどね(笑)。そこで、シミアーヌは僕と同じ年の神野さんにお願いしようと。そして残りの3人を3世代目に」

――今回のキャッチフレーズは「言葉による緊縛」とおっしゃっていましたね。

「とにかく言葉の重量感がある作品です。まずセリフをきっちり正しく言うところから始めないといけない。“何がどうしてどうなった”と言うだけのために“ナントカのナントカのナントカが、ナントカしてナントカがどうしたらどうなった”という具合に、延々と文章が続くんです。言葉の立て方、強調のしかた、アクセントやイントネーション、エロキューション……。演じる側が朗誦術を獲得しないと、言葉として三島の文体が伝わらない」

――まずは正しく伝えるというステップが必要なわけですね。

「実は去年の8月から、蒼井さんと美波さんを中心に稽古を重ねました。いかに三島のこの文体をはっきり正しく言うかという、まあ日本語の稽古みたいなことをしてきた。それがないと、あの文体はただ読んでいるだけでは本当に耳から耳へと抜けてね、気を抜くとすぐ眠くなってしまうんです」

――正直なところ、確かに三島作品は眠くなってしまうというイメージが強いです……。

「ところがね、これを正しく語り始めると寝ちゃいられない。論理がものすごい勢いで展開していくんですよ。それについていくと言語中枢が刺激されて、聞いていて本当に面白い。だからこそ、全編にわたってそのレベルを目指したいわけです。そのためには感情だけでしゃべるのではなくて三島の言葉に従事して、三島の言葉、論理の展開をいかにちゃんと伝えていくかという、“義務”が生じる。それを守らないと、実は三島の文体が振り向いてくれない」

――それが「言葉の緊縛」というわけですね。

「そう、役者自身が三島の言葉に縛られて演らなきゃいけない。一方でどれだけ正しく三島の文章を語っても、そこに内実の論理や思いがないと、これまた途端に嘘くさくなる」

――かなり高度な演技というか技術が必要とされているわけですね。去年の夏から稽古を重ねて、現段階ではどんな状態にあるんでしょう?

「一度構築してかなりできたものを今また少し壊している段階です。実際肉体化した言語で役者同士がぶつかりあってくると、“あ、思っていたことと違うシチュエーションなんだな”ってことがわかることがある。三島の文体はあまのじゃくですね。文章の表面だけ読むとケンカしているようだけど、実は逆に寄り添っているんだっていうことが肉体を通して初めてわかる。今日も稽古をやっていてちょうど発見したシーンがありました。ただ騙していると思っていた流れが、実は妹のアンヌがお姉さんであるルネを気遣いながら騙していたとか」

――いまのお話を聞いているだけで、これまでの『サド侯爵夫人』にはなかったセリフの繊細さとダイナミズムが観られるような気がします。

「いまや映像を使わない芝居はないほど演劇は観ることに偏っていますが、まさしく演劇の基本は聴くことだと思えるような芝居です。言葉を聴いて想像する。サドですからもちろんSMという言葉も出てきますけど、SMシーンなんて戯曲のなかに少しもない、セリフ上に描写があるだけ。でも、いかに言葉で感じたもののほうがエロティックだったりグロテスクだったりするか」

――SMといえばサドはSですよね、ということはここに出てくる取り巻く女性たちはMということになるんでしょうか?

「いまどきドSとかドMって言葉があるけれども、どうもSというのは両面あるようですね。この戯曲の中でも、最初は自分が鞭打たれておいて最後は自分が鞭打つ」

――そのSMにおける「表かと思ったら裏だった」というのは、先ほどの「文体があまのじゃくで演じてみたら逆の意味だった」というお話とつながりますね。

「双頭の鷲というのが出てきますけども、戯曲を通じて物事に裏表があるということがずっと語られているような気もしますね。とにかくずっと言葉に縛られる。今回は観客というより聴衆と呼びたいところですけれども、聴衆のみなさんが言葉に釘づけになって聞いてくださるか、眠るか。TO SLEEP OR NOT TO SLEEP、そういう芝居ですね(笑)」

――どうも上演中だけでなく、帰ってからも眠れなくなりそうな予感がします。ところで、世田谷パブリックシアターの芸術監督を務められてまもなく10年目に突入されます。振り返ってみてどう感じてらっしゃいますか?

「いろいろ勉強させていただいたなという思いがありますね。ふつうの演劇とは出自が違う僕としては、現代劇との接点を結ぶところ、世田谷の職員の人とどう接点を作っていくかからはじまって、今スタッフワークを含めいろいろ固まってきているなあという気がしています」

野村萬斎

PROFILE

のむら・まんさい 1966年生まれ、東京都出身。父 人間国宝・野村万作に師事、3歳の時初舞台を踏む。1985年、黒澤明『乱』に出演したことをきっかけに、映画、現代劇、テレビと幅広く活躍。2002年に世田谷パブリックシアターの芸術監督に就任し、以降自らの演出作品だけでなく、新世代の作家と組んだ作品の上演も積極的に行っている。


TICKET

【演出】
『サド侯爵夫人』
3月6日(火)〜20日(火)
世田谷パブリックシアター(東京)

公演・チケット情報



【出演】
こまつ座&世田谷パブリックシアター公演
『藪原検校』

6月12日(火)〜7月1日(日)
世田谷パブリックシアター(東京)
7月14日(土)・15日(日)
新潟市民芸術文化会館 劇場 (新潟)
※東京公演=4月8日(日)一般発売
 新潟公演=5月19日(土)一般発売

公演・チケット情報





2012.03.06更新

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