TOP > 今週のこの人 > 永井愛

永井愛

――少女時代に「人」を蓄積して、大学で「作る面白み」を知り、そして、大石静さんと出会われるわけですね。

「22歳で大学を卒業して、2年間ぐらいバイトをしながらひとり暮らしをして。その後、春秋団という役者グループに誘われて、その旗揚げ公演で知り合いました。でもそこは2年ぐらいで解散してしまって“じゃあ……自分たちで書こうか”ということになり、30歳になる年に二兎社を旗揚げ。劇団を旗揚げする人の多くは、書きたいテーマや題材が最初からあるものですけど、私たちは逆なんですね。どちらかと言えば、仕切ってくれる誰かに従って、おとなしく役者をしていたかった。でもそういう場が見つからず、自分たちで書くほかに道がなかったから、消去法的に選んだ道だったわけです」

――でも、それがここまで続いている。

「そうですね。何でしょうね。初期の頃は“ちょっとすごいわよね私たち、自分たちでホンも書いちゃったわよ!”みたいな高揚感があったかもしれませんね(笑)。ちょうど、如月小春さんや渡辺えりさん、木野花さんを始め、女性が率いる劇団が注目を浴びていた頃だったのもあって、週刊誌の取材を続けて受けたりしたんです。“あらやだ、ちょろいもんだわよ!”なんて、身の程も知らずに(笑)」

――作る喜び、という点においてはどうでしたか。

「初めての作品を書き上げたときは、これまで経験したことのないほどの喜びを感じました。ふた晩も徹夜して書き上げて、朝風呂に入って、世の中のすべてが、今までとは違って輝いているように思えましたね。なぜならば、今この瞬間、自分ひとりで、ひとつの物語を作り終えたから。どうもダメダメなまま30歳になってしまった自分でも、やればここまでやれるんだ!と。一歩前へ踏み出して、劇世界をひとつ作り上げるというのは、やはりすごい体験なんですよね。どこへ出かけたわけでもないのに、自分だけの力で、大冒険を果たしたような気分になる。たぶん(大石)静もそうだったと思うんです。お互いにライバル意識がすごくあったし、私は“静より良い物を書きたい”と思っていたし、もちろん彼女もそうだったはず。だから私は、もしひとりだったら、続かなかったかもしれません」

――そしてちょうど10年後に、大石さんが脱退されて。

「40歳でした。“静がいなくなったら何もできない”と思っていました。でも“何もできなくなっちゃうのはとても悔しい”とも思っていた。ふたりで10年続けたんだから、せめてひとりで5年は続けたいなと。気づけば、20年になるわけですが(笑)」

――生まれた赤子が成人します。

「ほんとにね。歳も取るわけですよね(笑)」

――ちなみにその後、女優業は?

「『パパのデモクラシー』(1995年)以降、出ていません。最初に装置が建て込まれて、出演者たちがそこへ入っていくのを見た時は、ちょっと寂しかったですね。自分がこの中に立つことはないんだ、と思って。もちろん、作品の完成度のために自分は退かねばならないのだ、という決意はありましたが、まるでそれを裏付けるかのように、『パパ〜』が芸術祭大賞を受賞したんです。私が出なくなった途端に(笑)」

――今では、女優業どころか、男優三人芝居を書き上げておられます。

「このお三方(『こんばんは、父さん』の佐々木蔵之介、溝端淳平、平幹二朗)は、とにかくそこに居るだけで魅力的。ずいぶん高い下駄を履かせていただいているなあと思います。あまりにもこの顔ぶれに注目が集まるので、つい不安になってしまうくらい。“男性三人芝居”を書けるほど、私は男性を理解しているんだろうか、と(笑)」

――今回、描き出したかったこととは。

「ある夜、世代の違う3人の男が出会い、はからずも自分の人生を省みるという物語を書きたかったんですね。それは『片づけたい女たち』(グループる・ばる、2004年初演。来年1月に再演予定)でやったことでもあるんです。自分の人生についてあまり自覚的ではない、なんとなく生きてきちゃった女たちが、“自分”と出会い直す一夜の物語。これがすごくスリリングで面白かった。それを、男性に置き換えたらどうなるだろうかというのが最初の発想でした。ただその企画中に、震災と原発事故が起きたわけです。世の中の見え方や、今まで指針にしてきたことが、全部ひっくり返ってしまった。そこで、かつて経済的豊かさと幸せがイコールで結ばれていた時代があって、ある程度の幸せを享受していた男たちが、ふとそれを問いなおす夜の物語にしようと考えました。平さんは高度成長期に20代を過ごし、佐々木さんはバブル期に20代を過ごし、溝端さんは今まさに20代。そういう男たちを通して、時代や、経済や、支配的な価値観みたいなものを、浮き彫りにできたらと思っています」

――容赦なく失われるものがあって、あるいは生まれるものもあって。永井さんは、2012年という現在を、どう読み解きますか?

「激変期だと思いますね。立っている場所は同じはずなのに、足場がまるで変わってしまったという印象。未来というものについて、以前と同じようには語れなくなっていますよね。“また来年もここに来ようね!”なんていう他愛ないやりとりが、どこか、しづらくなっている。でも同時に、クリアになったこともあって。たとえば、原発の現状について、誰よりも先に知らせなければいけなかったはずの住民に対して、政府がそれをまず隠したという事実。かつてある政権に失望して別の政党に希望を託したのに、やっぱりダメだったからまた戻ろうとしている今の気風。少しでも異を唱えようとすると“炎上”してしまう言論の世界。このままでは良くない、という危機感によって、若い人たちが我が事として動き始めています。それが極端なナショナリズムに転嫁してしまうことなく、知的かつ冷静な眼差しで社会が通観される時代が来るといいなと思いますね。でないと、一度行き着くところまで行って、大きく失敗しないと、日本は変わらないのかなと思えてしょうがなくて。“人間って何だろう”“自分の立脚点はどこだろう”という問いかけ無しに生きていくのはとても虚しいし、怖いことだと思います。目の前のことに追われて思考を停止する前に、もう少し自分の立脚点について、自覚的でなければいけないと思いますね」

永井愛

Text●小川志津子 Photo●源賀津己

PROFILE

ながい・あい 1951年生まれ、東京都出身。演劇ユニット〈二兎社〉主宰。桐朋学園大学短期大学部演劇専攻科卒業。1981年、大石静とのコンビユニットとして〈二兎社〉を旗揚げ、交互に脚本・演出を手がけ、ふたりとも女優として出演もするという欲ばりな活動ぶりで話題に。1991年のソロユニットとしての始動後は、女性の自立や失われゆく情景、家族、ジェンダーなど、個人の眼差しから社会を透視する作品群で安定感のある劇作を重ねている。
二兎社HP


TICKET

二兎社
『こんばんは、父さん』

 10月13日(土)・14日(日) 富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみ(埼玉)
 10月16日(火) 知立市文化会館 かきつばたホール(愛知)
 10月18日(木) 長久手市文化の家 森のホール(愛知)
 10月21日(日) 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 中ホール(滋賀)
 11月9日(金)・10日(土) 豊橋市民文化会館(愛知)
 11月12日(月)・13日(火) まつもと市民芸術館 実験劇場(長野)
 11月15日(木) 杜のホールはしもと ホール(神奈川)
 11月16日(金) 水戸芸術館 ACM劇場(茨城)
 11月18日(日) 新潟市民芸術文化会館 劇場(新潟)
 11月20日(火) 盛岡劇場(岩手)
 11月23日(金・祝)〜25日(日) 森ノ宮ピロティホール(大阪)
 11月27日(火) 三重県文化会館 中ホール(三重)
 11月29日(木) サンポートホール高松(香川)
 12月1日(土)・2日(日) 北九州芸術劇場 中劇場(福岡)

公演・チケット情報





2012.10.16更新

ページTOPへ