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最近は舞台よりも先に小説で本谷有希子を知った、という人も多いのではないだろうか。〈劇団、本谷有希子〉の主宰として2006年の代表作『遭難、』の再演を10月に控えている彼女は、過去三度芥川賞候補にあがるなど、文芸の世界でもその才能を認められた存在。昨年秋には『ぬるい毒』で野間文芸新人賞を受賞している。13の短編を集めた最新刊『嵐のピクニック』は、何気ない日常から歪んだ異世界へと一気に飛躍する仕掛けに満ちた、シュールで超自然的な作風が新鮮で、最高傑作との呼び声も高い。「小説の自由」を全編で体現したような同作をきっかけに、本谷自身、作家としての意識が変わりつつあるようだ。当然、その成果は、『遭難、』の再演にも還元される可能性がある。自意識過剰でエキセントリックな女性を書く作家、という彼女に対する形容は近い将来無効になるのかもしれない。そんなことを予感させる、彼女の今後の展望が窺えるインタビューとなった。

――初の短編小説集『嵐のピクニック』、非常に評判がいいですね。実際、過去の小説と較べて明らかに次のステージに移行している印象でした。先日は『王様のブランチ』でも紹介されてましたけど、あの時の本谷さんのインタビュー、最高に面白かったですよ。

「その話ですか(笑)」

――「本谷さんはエキセントリックな人なんですか?」という質問に「むしろ精神がヘルシーだねって言われる」と答えていて。キャッチーな回答でした(笑)。確かにこれまで舞台や小説でエキセントリックな女性を散々描いてきたから、さぞかし本人も……って誤解されがちですけど。

「思われがちなんです(笑)。エキセントリックですって答えたほうがイメージだったかもしれないけど、それだとすごく平べったい話になっちゃう気がして。実際そうだったらいいけど、そうじゃないのに多くの人に分かりやすく認識されるのは違うな、と思って!」

――誤解を解きたいという思いを極端に強調した結果があの発言だったと思います(笑)。

「評判を聞くと、疑いは晴れてないみたいですけどね(笑)」

――最近は、小説の他にも、映画について語った『この映画すき、あの映画きらい』やエッセイ集『かにえともみじ』が出版されましたね。活動が広範囲に渡っている印象がありますけど。

「でも、今後はもう少し絞りたいな、いくつか手放したいなって思ってます。今、たまたま抱えるものが多くなってるけど、実は不器用なタイプなので、書く時は何かひとつに絞って集中したほうが絶対にいいものができる。いちばん大事にしたいのは、やっぱり小説と芝居です」

――芝居で言うと、10月に劇団、本谷有希子の『遭難、』が上演されますね。これは2006年作品の再演ですが、本谷さん、これまで再演をほとんどやってこなかったですよね?

「それは、その時々で私の興味のあるものが大きく変化するから。自分の作品にしても、書き終わった途端に過去のものとして自分から切り離しちゃう。小説もエッセイも何回も修正してうんうん言いながら書くんだけど、原稿を送ったらもう他人のことのように思えて、雑誌が届いてもあんまりページもめくらない。テレビも出るまでは嫌だ怖いって言ってるけど、出たらもういいかってオンエアも気にしないんです」

――そんな本谷さんが、何故このタイミングで『遭難、』の再演をやろうと?

「最近思考が感覚的になってきて、“今かな”って思ったというのは大きいです。“オファーがあるんだからテレビ出てもいいかな”って直感的に思ったのと同じで。昔より、そういう感覚を信じるようになってきたけど、でも基本的には勘なんですよ。ただ、この前の『クレイジーハニー』が見る人を選ぶ作品になりかけていて、このまま進むとちょっと危険かなと思ったというのはあります。自分の中でシンプルじゃなくなってきた部分があって、一回リセットするためにこれを持ってきたところはありますね。『遭難、』はエンタテインメントとしての枠組みがしっかりしているから、見る人を選ばない。本谷ってクセありそうだなって敬遠してる人にも楽しんでもらえると思ってます」

――鶴屋南北戯曲賞を受賞して、評価も高かった作品ですよね。

「びっくりするくらい評判がよかった。でも、今読み直すとしんどいところもあるんですよ。言葉を信じすぎていて、(脚本が)言葉でびっしり埋まっている。今の私だったら、“それ言わなくても分かるよ!”っていうことまで逐一(セリフで)言ってて、いびつだし、病的だと思う。私が大人だったら見るの辛かったかもって、今なら少し思います。初演の時、大人でした?」

――結構いい大人ですね。

「どうでしたか?」

――大人だったけど(笑)、すごく面白かったですよ。確かにセリフの量は多いけど、饒舌な主人公が自分の吐いた言葉でがんじがらめになっていくのが滑稽で。それに、トラウマが原因で犯罪や悪行に走るっていう物語の定型をひとひねりしているところに驚きましたね。

「パターン化しているトラウマの扱い方を逆手に取ってみたんです。トラウマがありきたりなテーマだっていうこと前提で書き始めました」

――『遭難、』は、学校の職員室が舞台で、生徒が自殺を計ったところから始まりますよね。初演時には、教師のいじめによる中学生の自殺が連日報道されていたし、今回は大津のいじめ事件が世を賑わせています。本谷さんの作品、特に戯曲は現実の事件と偶然シンクロすることが多いですね。

「でも、それは私の戯曲がどうこうじゃなくて、すべての戯曲が持つ宿命だと思うんです。戯曲ってそもそもそういう時代にリンクしてしまう性質を持っているものだと思う。そこで私が下手に“いじめとは……”って考え出してもしょうがない。別に社会に何か言いたくてメッセージを書いた戯曲では全然なくて、純粋に人間の酷さみたいなものを表したかった作品でしたし」

――まあ、そもそもの出発点が「性格の悪い女性を書きたかった」っていうところですもんね。

「そうそう。そこが絶対的な始まりだから、ブレません」

――過去にも沢山性格の悪い女性を描いてきましたが、その欲求はどこから来るんでしょうね?

「うーん、なんでだろう。どうもいきがちなんですよね、そこに。基本は自分の好きなものを書きたいわけだから、きっと性格の悪い人が好きなんでしょう(笑)。ただ、自分が性格悪いかって言われるとそうじゃないですけど!」

――そのひとこと、必ず付け加えますよね(笑)。

「ただ、自分が性格悪いとは思わないけど、“私がいい人のハズはない”とは思います。この言い方のほうがとてもしっくりきますね」

――あ、それは分かります。あと、性格の悪い人の暴走を観客目線で見たいっていうのもありませんか?

「それは少しあるかも。性格の悪い人ってずっと見ていられるから、観客だったらさぞ楽しいだろうとは思う。でも、今はちょっと感覚が変わってきていて、昔ほど性格の悪い人を書きたいって思わないんですよ。それよりはもっと“自由なもの”を書きたい」

――確かに、『嵐のピクニック』は自由そのものですよね。超自然的で奇想天外な設定や展開が次々に飛び出してくる。それでも、「性格の悪い人を描く作家」っていうパブリック・イメージはまだつきまといそうですけど。

「実際、そのパブリック・イメージである程度やっていけるのかもしれないけど、長期的に考えると、“それでいいのかなあ?”って思っちゃう。自意識過剰な人を書く、性格の悪い人を書く、エキセントリックな人を書く。全部そうなんですけど、そういう人たちを喰い物にしてる感じになると、意味が変わってきますよね。自分が本当に興味があって書いてるならいいんだけど、そうじゃなければ、その人たちの生きづらさにしがみついて、ご飯を食べることになってしまう」

Text●土佐有明 Photo●源賀津己

PROFILE

もとや・ゆきこ 〈劇団、本谷有希子〉を主宰する劇作家/演出家であり、小説家としても『ぬるい毒』で野間文芸新人賞を受賞。エッセイも執筆する。永作博美を主役に迎えた『幸せ最高ありがとうマジで!』で53回岸田國士戯曲賞を受賞。今回再演される『遭難、』は本谷が最年少で鶴屋南北戯曲賞を受賞した代表作。
劇団、本谷有希子HP


TICKET

劇団、本谷有希子
『遭難、』

 10月2日(火)〜23日(火) 東京芸術劇場 シアターイースト(東京)
 10月27日(土) まつもと市民芸術館 小ホール(長野)
 11月2日(金)〜4日(日) ABCホール(大阪)
 11月6日(火) 北九州芸術劇場 中劇場(福岡)

公演・チケット情報



『東京福袋』
〈芸劇+トーク・作家リーディング『自作自演』〉
 西村賢太×本谷有希子

 9月8日(土)19:00 東京芸術劇場 シアターウエスト(東京)

公演・チケット情報



INFORMATION

【BOOK】
『嵐のピクニック』
講談社 1365円



2012.09.04更新

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