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松井周

――今後の予定もお訊きしたいんですけど、『自慢の息子』ツアーは6都市を回ります。基本的には初演と変わらない?

「そもそも箱の大きさによって変わる前提でつくっているので、寄り道といいますか、空間によって縮めたり広げたりすることで、陸の孤島が出来たり、狭い部屋になったりするんです。俳優が隅で何かを食べていたりだとか、運動をしていたりとか、本筋とは違う部分で環境に沿った何かが起きている。その寄り道の部分は変わると思います」

――サンプルの世界に初めて触れる人には、驚かれるかもしれません。

「もちろんストーリーを追ってもらってもいいんですけど、やっぱり僕の中では、昔、押入れで遊んだりとか、ダンボールで基地つくったりとか、シーツに影をつくってみるとか、子供の頃にやった遊びの感覚を楽しんでもらいたいですね。単純なセリフ芝居じゃなくて、布1枚をどうやって遊ぶかってことに命賭けてつくっているので。きっとそこに楽しめる部分を見つけていただけると思います」

――ツアーの後は?

「夏に、越後妻有のアートトリエンナーレに参加します。演劇とアートという境界を超えるにしても、何か別のことをと思って、ひとつ、祭りみたいなことをやりたいですね。祭りの起源って、もしかしたらある石を誰かが運んで来て、そのシンボルの周りで踊り始めたのが最初だったりとか。そのインチキさというか、いかがわしさをやってみたい。まだ詳細は言えないですけど、ある小学校を借りきって、その学校自体を物語として包んでいく感じになりそうです」

――それ以外では?

「実はちょっと演劇とは違うんですが、雑誌を作ろうと思っています。まずは、準備号。一号からは一つのテーマを挙げて、出していきたいですね。演劇だけの話題に限らずに。あとはサンプルと青年団の合同公演が来年の1月くらいにありますね。小説も書いていこうとは思いつつ、小説が一番難しい……。まだどう書いていいのか分かんない、っていうものとして小説があります。文字の連なりから、読む人の頭の中にどう物語を貼り付けていくか。演劇のように五感を使って、例えば音が出せるとか、俳優が重そうに何かを持つとかによる観客への実感の伝わり方と、小説の描写による読者への想像のさせ方は全然違っていて」

――ここは今、ちょうど映画美学校のカフェですけども、映画を撮るというプランは?

「監督として? それは考えてないですね。脚本を書いてみたいのはありますけど」

――今、映画美学校はアクターズコースを開設していて、松井さんも含め、青年団の方々が講師陣として協力されています。映画と演劇を繋ぐ新たな場としても興味深いと思います。

「映画美学校のアクターズコースは、映画か演劇かに関係なく、とにかく消費されないような継続した仕事としての俳優を考える場として構想しています。今はまだ映画と演劇ってどうしても壁があるんですよね。繋がるようで繋がらない。生徒たちはまだどちらに行くか分からない人たちですけど、でもきちんと1年間、俳優として新鮮でいるための技術を学んできている。まぐれとかテンションで乗り切るんじゃなくて、理性でも直感でも俳優という仕事を考えていて、面白いですね」

――「消費されない俳優」とは?

「俳優はいろんな座組に関わったり、いろんな出演機会がありますよね。しかし各現場は、演出家や監督という表現者の妄想やゴリ押しが許されている時空間だと思うんです。俳優はそこに合わせるために、ある意味、〈免疫ナシ〉の状態で自分を晒す職業です。つまり、ものすごくいろんなことを植え付けられるし、傷にもなるし、栄養にもなるんですけど、スポンジのように様々なことを吸収して、その妄想やシステムに合わせて表現するのが俳優。で、いろんな色に染められてくうちに、俳優はやっぱり免疫がないぶん、疲弊していくし、削られていく一方だと思うんですよ。でも、それで消費されて傷を負って使い物にならなくなるのではなくて、やっぱり俳優には俳優なりの身の守り方があるし、いろんな色に染まりつつもそこから帰ってくる防御の仕方がある。アクセル踏みっぱなしじゃなくて、ちゃんとブレーキを踏む方法も知った上で、いろんな現場に関わるということです。しかも自分の商品価値というか、自分の輪郭を把握した状態でそこに合わせていく。そういうメンテナンスをする技術が、今あんまりない気がするんですよ。演劇にしても、映画にしても」

――それは、俳優の基礎技術的なこと?

「基礎技術、と言ってしまうと、もしかしたら新劇流とか青年団流とかって想像をされるかもしれませんけど、もうちょっと緩いフレキシブルな形での基礎があるんじゃないかな」

――今の小劇場演劇はまさにメソッドも劇団によってバラバラで、俳優も混乱しているところはあるかもしれません。演技の方向性もそうだし、将来的に俳優としてどう成功していくかのビジョンも見えづらくなっているのでは?と感じることがあります。

「やっぱり若さと物珍しさで注目される数年間はあると思うんです。でも例えばそれが30過ぎても持っていけるものなのか、あるいは飽きられるものなのか。例えば天然っぽくボソっと喋るとか、そういう分かりやすい武器は飽きられやすい。武器があるのは全然アリなんですけど。でも監督や演出家の要求にフレキシブルに応えられる技術のほうは、飽きられない。それは小器用という意味じゃなくて、〈フレッシュにその現場にいる〉ということなんです。そのフレッシュさを保つのは、若さじゃないんですよ。訓練なんです。若さは逆に、他人が喜ぶものを何度も繰り返しちゃうというか、それやっちゃえばいいんだね?、って感じでやっちゃう。本当はもっと勉強すれば別の引き出しが生まれるのに、そこを学ばないまま行ってしまうことが問題なんじゃないかな」

――なるほど……。去年の夏にはサンプルでワークショップを開催されてましたけど、それも俳優の養成を考えるものですか?

「俳優もそうですし、照明家、舞台美術家、制作とか、全部含めてのラボですね。演劇っていうものをさらに面白がるには、演劇の裾野を広げること、さらに言うなら、演劇を疑うことが一番演劇を面白くすると思うんですよね。演劇って何なの?ってことをみんなで研究する場です」

――サンプルは、まさに演劇の総合芸術たるところを体現している感じがありますね。もちろん松井さんが作・演出として存在していて、ドラマトゥルクとして野村政之さんがいて、制作の三好佐智子さんがいて、舞台美術の杉山至さんがいて……とプロフェッショナルなチームとして機能している印象を受けます。

「そこに助けられてますね、僕は。そうしたほうが可能性がどんどん広がっていくというか。他にも越後妻有トリエンナーレや雑誌など、演劇とそれ以外の分野との境もなくしてていきたいんですね。もちろん分散してつまらなくなるリスクもあるんですけど、可能性のほうを感じるので、もっともっとやってきたいです」

――そういえば、意外に、サンプルはまだ海外公演をしてないですね。

「そこはやっぱり僕の物語好きということもあるのか、複雑な世界になりすぎている気もして。もう1回シンプルにしようかなと、実は『女王の器』をやった後に思えてきてます。これまで崩しまくってきたぶん、逆に強固なフレームをつくって、その脇で線香花火の火花が散ってるような変なことも進行させるというか……。どっちにしてもやはり溶けていったりはすると思うんですけど、今だったら、またフレームをつくっても面白くできるんじゃないかなと」

――大劇場での演出はどうですか?

「それはやりたいですよ。今のやり方が通用しなくなる部分と、通用する部分とが出てくるとは思いますけどね。例えば蜷川幸雄さんが前に何かの本で言ってたのは、石橋蓮司さんか誰かが小劇場で生魚を咥えて出てきた時に、凄い爆笑が起きたと。ところが、それ面白い!と思って大劇場で同じような演出をしたら、誰にも見えなくてシーン……としてしまって、それから自分は大掛かりな演出をやるようになったという話で。確かに大劇場と小劇場で伝わるものは違うし、大掛かりなものをやってみたい欲望はあります」

松井周

Text●藤原ちから Photo●源賀津己

PROFILE

まつい・しゅう 1972年生まれ、東京都出身。1996年に青年団に俳優として入団。2004年、青年団若手自主企画『通過 』で第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞。2007年『カロリーの消費』で劇団サンプルを旗揚げ。2010年、『自慢の息子』で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。小説やCM出演でも活躍。価値の反転した、虚無的だがどこか愛嬌のある妄想世界を描く。
サンプルHP


TICKET

サンプル
『自慢の息子』

 4月4日(水)〜5日(木) 七ツ寺共同スタジオ(愛知)
 4月7日(土)〜8日(日) 三重県文化会館 小ホール(三重)
 4月10日(火)〜11日(水) アトリエ劇研(京都)
 4月14日(土)〜15(日) 北九州芸術劇場 小劇場(福岡)
 4月20日(金)〜5月6日(日) こまばアゴラ劇場(東京)
 5月13日(日) 生活支援型文化施設 コンカリーニョ(北海道)

公演・チケット情報





2012.03.27更新

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