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市川染五郎が約半年ぶりに歌舞伎の舞台に帰ってきた。昨年夏、舞踊会の事故で大怪我を負って以来、日生劇場での『二月大歌舞伎』で久々に本格復帰。昨年から今年にかけては相次いで大看板を失うという悲報が続いた歌舞伎界だが、4月にはいよいよ歌舞伎座の新開場も控え、次代の歌舞伎を担う世代としてますます大きな役割を果たしていくことは間違いない。近年、積極的に古典作品の掘り起こしなどに取り組む染五郎の、歌舞伎にかける思いを訊いた。

──まずは約半年ぶりの舞台復帰おめでとうございます。初日はどんな感慨がありましたか。

「正直言って……うれしかったですね。そんなことではいけないとは思いつつ、うっかりすると感動しそうになってしまって。ものすごく緊張したんですが、お客さまが温かく迎えてくださったのがとにかくありがたかったです」

──お父様の松本幸四郎さんが、染五郎さんの復帰についておひとりで口上を述べられていたのが印象的でした。口上というと襲名や追善公演で行われるイメージですけれど。

「父が毎日毎日、全公演で1ヶ月にわたって私の件でお詫びをするわけです。これはもう本当に申し訳ないことで……。多くの方々に大変なご迷惑をかけてしまったので、体力的にも精神的にもいっぱいいっぱいではありますけれど、お客さまにどれだけのものを見せられるのか、ただそれだけに力を注いでいます」

──おそらくこれだけ長い間舞台に立てないというご経験は今までになかったと思います。半年の間、どんなことを考えて過ごしましたか。

「一歩間違えれば、今私はここにいないかもしれない。こうして無事に舞台に復帰できているのは、父も言っていましたけれど、本当に奇跡としか言いようがないんです。でも、ああいうことをやってしまった人間が、再び舞台に立つことを許されるのか、という思いがやっぱりありました。いや、でも戻らせていただけるのであれば、すべてをさらけ出して舞台に立たせていただくしかない……。ぐるぐるとそんな思考の繰り返しで、一言でいうと“何も考えていない”のと同じ状態でしたね。たしかに時間はありましたけど、昔の芝居を調べるとか、ほかの芝居を観に行くとかはしませんでした。舞台に立てない立場でしたから、それをしたら好きな歌舞伎を逃げ場にしているような気がして。劇場にも足を踏み入れず、芝居については一切考えませんでした」

──2月は『吉野山』の狐忠信のほかに、『新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)』では愛妾のお蔦を殺してしまう殿様役でした。普段は『魚屋宗五郎』だけ上演されることが多いですが、妹のお蔦を殺された宗五郎が酒に酔っぱらって殿様の屋敷に乗り込んでいく、因果関係がよくわかって面白かったです。

「心理劇にしようと思えばいくらでもできるんですが、(河竹)黙阿弥作品なのでせりふが七五調だったり、黒御簾音楽(伴奏音楽)が入ったり、道具も書き割り(板に絵を描いたセット)で平面的なんです。そこで芝居だけ心理劇になるとバランスが取れなくなってしまう。いかに心理劇にしないか、が大事な部分じゃないかなと。難しい芝居ですね」

──どうしても今生きている私たちの感覚で“理解”したくなりますけど、心理的に追うだけでは説明がつかない部分も歌舞伎の魅力のひとつですね。

「それはありますね。まず、どうやって作品が成立したのか、誰がどう手を加えて現在の形になっているのか、考えることが必要なんです。それを踏まえたうえで、今ならこう変えてみようか、という考えも出てくる。今に残っている「型」には、それなりの理由があるはずなので。お客さまはどういう見方をしていただいても自由ですし、大らかなところが歌舞伎の面白さではあると思います」

──復帰されたばかりとはいえ、3月以降はさっそく歌舞伎公演が続きます。3月は新橋演舞場の「花形歌舞伎」で『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』の一條大蔵卿、舞踊劇『二人椀久』の久兵衛と、ともに大役の初役です。

「大蔵卿は叔父(中村吉右衛門)に教えていただきます。念願の大きな役のひとつなので、これをやらせていただけるのは本当にうれしいし、ありがたいです。阿呆のふりをしていた大蔵卿が実は……という芝居で、これこそ今のお客さまには心理劇として観ていただいたら面白いと思いますよ。“作り阿呆”と正気の演じ分けが見どころとよく言われますけれど、源平の対立を背景にして、長い年月をかけて人の本心を探る話なんです。それを義太夫物という音楽的な演出で見せる。きっと楽しんで観ていただけると思います」

「三月花形歌舞伎 」 一條大蔵卿 (市川染五郎)

──『二人椀久』は気の狂った男が夢の中で恋人と舞う幻想的な舞踊劇です。尾上菊之助さんと夢のように美しい恋人同士を見せていただけるのだろうなぁ、と……。

「『二人椀久』といえば天王寺屋のおじさん(故・中村富十郎)と京屋のおじさん(故・中村雀右衛門)の当たり役なんですが、おふたりの晩年に近い舞台を拝見してるんですよ。その時にたまたま菊之助さんも観ていて、終わった時に『一緒にやろうね』と言ったんです。私は滅多にそういうことは言わないんですけど。曲も、踊りも、たたずまいも、すべてに独特の世界観がある素晴らしい作品なので、彼とこうして実現できるというのがとてもうれしいですね。大変なプレッシャーはありますが、あのおふたりを目指してやらせていただこうと思っています。  

来月の目標は定まっています。『一條大蔵譚』は叔父がやっていたものを私が受け継ぎたいですし、『二人椀久』は天王寺屋のおじさんがやられていたものを自分の身体で再現したいです」

──歌舞伎の俳優さんは身内の方や先輩方から芸を継承されるわけですが、教え方も人によって違うものですか。

「違いますね。いろいろありますけど、まずはせりふ回しをたたき込んでいくということです。それにはもちろん“肚”、気持ちが入っていないといけない。叔父には口伝えでせりふの稽古をしていただきます。父の場合は、基本的には『自分でやれ』という感じですね。『おかしかったら言うから』と。今は映像だったり、参考にするものもいろいろありますから。とは言いつつ、父から『全然違うけれど、どうする?』とか言われます(笑)。いい加減、そんなことを言われる年じゃないんですけどね」

Text●市川安紀  Photo●星野洋介

PROFILE

いちかわ・そめごろう 
1973年生まれ。九代目松本幸四郎の長男。屋号は高麗屋。1979年3月、三代目松本金太郎を襲名し初舞台。1981年10月、七代目市川染五郎を襲名する。『女殺油地獄』の与兵衛、『勧進帳』の富樫左衛門、『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助などを勤めるほか、『碁盤忠信』『決闘!高田馬場』『江戸宵闇妖鉤爪』『染模様恩愛御書』『大當り伏見の富くじ』『椿説弓張月』など、古典作品の復活・新作の創作にも意欲的に取り組む。劇団☆新感線公演など歌舞伎以外の舞台、ドラマ、映画の出演も多数。日本舞踊松本流の家元・松本錦升でもあり、舞踊家としても意欲的な活動を続ける。2009年には長男が四代目松本金太郎として初舞台を踏んだ。


TICKET

市川染五郎の出演情報

「三月花形歌舞伎」
3月2日(土) 〜 3月26日(火) 東京・新橋演舞場

「杮葺落四月大歌舞伎」
4月2日(火) 〜 4月28日(日) 東京・歌舞伎座

「五月花形歌舞伎」
5月3日(金) 〜 5月27日(月) 東京・明治座

公演・チケット情報





2013.02.19更新

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