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藤田貴大

 マームとジプシーはこの2年ほど演劇界の「若手」代表として扱われてきた。客席は常に満席。F/T公募プログラム、東京芸術劇場『20年安泰。』などに招聘され、演劇界にとどまらず各ジャンルの批評家や編集者の注目も集めてきた。そして第56回岸田國士戯曲賞を受賞(このインタビューは、受賞発表の3日前に行われた)。これまでは小規模の劇場で力を蓄えてきた彼らだが、2012年には幾つかの大きな劇場でも公演を打つ。再起動するマームとジプシーは果たしてどこへ向かうのか? 作・演出の藤田貴大の、進化し続ける「今」を聞いた。

――3月末の京都公演に向けて、感触はいかがですか? 『LEM-on/RE:mum-ON!!』、えっと発音は……?

「レム・オン、リ・マーム・オン。レモンでもいいですけど(笑)。とにかくまず僕ら、2011年は新作を連発したじゃないですか」

――確かにそうですね。再演といってもほぼ完全リメイクだった『コドモもももも、森んなか』、それから『あ、ストレンジャー』、三部作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』、『Kと真夜中のほとりで』、『producelab89 官能教育「犬」』、さらにはワークショップも幾つかありました。駆け抜けましたね。

「で、さすがに結構消耗したんです。僕は新作をつくる作家だと思ってるから、再演で回していくことはまだ1回も考えてないけど、つくり方を進化させていかないとこれはダメになると思ったくらい。まあ疲れたんですよね、本当に」

――さすがの藤田貴大も(笑)。

「以前より運動量が増して凄く身体を使う芝居になったし、もっと大きな劇場になった時にどうなっていくんだろう、とスタッフもキャストも僕も不安になった時期があった。それでまず今までの作り方を全部見直そうとしたんです。そのためにまず清澄白河にあるSNACという場所で『あけましてマームとジプシー』という上映会を今年の1月にやりました。その後、いわき総合高校に滞在して生徒とつくった『ハロースクール、バイバイ』を上演したり、TPAM(国際舞台芸術ミーティング)に呼ばれて『塩ふる世界。』を再演して。そして3月……ここから新作の話なんですけど、全部短編で行こうと決めたんです。会場が京都の元・立誠小学校の小さな教室だから、横浜STスポットみたいな小空間でやってきた僕らにしたらお馴染みのサイズなんです。ここでコンパクトな作品をまずはつくってみようと。僕らは去年、フルスケールの作品をどんどんつくったけど、まだ厳密さが足りないんですよね、僕の中では。だから今はコンパクトな短編作品に全精力を注いでみよう、そしてその圧縮された短編をいっぱい作ってみようと考えた。それが3月の京都公演です。だから、修行期間なんです」

――ある意味、実験的な。

「実験的といえばそうですね。僕はいわゆるシアターゲームみたいな、役者たちが稽古前にゲームするのとか大っ嫌いで。だけど今回はそういうこともやってます。だからつくり方も、例えば「今26歳です、来年、27歳になりまーす」みたいなことを永遠に言い合っていく。その「27」って数字を聞いて、その音で連鎖してシーンが生まれてきたり。つまり今までは僕が指示をしてたのが、自由になって、きっかけが共演者の中にある、ということをしたい。というのもこれまでは俳優が僕の言葉を盾にして闘ってる風なのはあったんですよ。でも結局演出家である僕自身は本番中に音は出せないし、じっと聞いてるしかない。観客も、音楽のライブと違って、演劇だと聞くしかない。だから役者は、劇場という空間の中で唯一言動を許されている。僕は役者が完璧に自由になるのは好きじゃないけど、音を鳴らせる人たちの間で影響し合って、シーンが組み立てられるようなことをしてみたいなというのが、今回です」

――そうなると毎回、即興的な要素も入ってくる?

「確かに毎回、幾らか配置は変わってくると思います。もともとマームでリフレイン(*藤田が得意とする手法。同じ言葉を何度も反復させる)をかけた時によく俳優が泣くけど、僕が「泣け」と指示したことは一度もない。リフレインが身体に及ぼす影響については俳優に伝えるけど、その結果どうなって欲しいとは言ってないんです。そういう意味で、手放してるところはある。リフレインで繰り返されて繰り返されて、僕が僕の言葉を手放して、もう吉田聡子(俳優)とかに僕の言葉を託した、ってなったら、もうそれは、僕の言葉ではなくほんとに吉田聡子の言葉のように聞こえてくる。そのことに今回の役者には自覚的に挑んでほしいから、これまでよりもっとフレキシブルですね」

――手放すのと、コントロールするのと、バランスはどう考えますか?

「例えば牧場があるとしたら、僕は柵は作っていきたいんです。だけどその牧場を広げてみると、中にいる羊たちは、めちゃくちゃ広くなったから自由を感じてる。でもやっぱり牧場だ、ということは欲しいですね」

――もしもその「自由さ」の置き方が以前と変わってきたとしたら、その原因は?

「僕が、僕自身を見てオナニーしない、ということかな。自分の芝居を観て、あ、これは僕だ、みたいなことに興味なくなってきたというか。それよりは尾野島(慎太朗/俳優)さんが脊髄あたりから出してる声を聞いて、そこをもっとめくり上がらせたくなったんですよね」

編集部:でもマームとジプシーは「劇団」ではないんですよね? それはまるで劇団員に対する言葉のようにも聞こえますけど。

「劇団、ではまだないですね。でも集団性もノウハウもそうなってきてる部分は絶対あるし、みんなもそう感じてるし、「劇団じゃない」と言ってる僕のズルさもある。だけど、いつでも僕は君とやらなくできるし、君も僕とやらなくなってもいい、という関係の方が厳しくていいと思ってるから」

編集部:でも、他の劇団にマームの俳優が呼ばれて出ると嫉妬して泣くんですよね?(笑)

「泣くよ」

――今でも泣く?

「泣くよ!」

――(笑)。新作の話に戻りますが、3月の京都公演『LEM-on/RE:mum-ON!!』では、建物にも興味があるとか?

「僕の作品は、これまで小さま一瞬のミニマムな時間を描いてきたから、大きな時間をガッツリ扱ったことはなかったと思うんです。それは、人の生まれてから死ぬまでの一生を「典型的な人生」として省略して描いちゃうのがすごくイヤだったんですよ。このタイミングで結婚して、このタイミングで娘を産んで、とか、そういうリニアな描き方には全然興味なくて。だからもっと小さい時間をぐちゃぐちゃ混ぜ合わせて、そのノリで100年スパンの長さを描きたいという野望はもともとあった。だけど人間と向き合うだけでどこまでの長さを描けるのか? でも人間じゃないといっても、僕は例えばSF的な生き物とかを描ける作家じゃないから。……あ、でも妖怪に関してはめっちゃ博士なんで、妖怪だけはいつかやりたい(笑)。とにかく、じゃあ建物なら3世代見守れるかもしれない、と考えたのが、まず最初の「建物」への興味の出発点です」

編集部:でもマーム立ち上げの時には、宇宙に行く話を書いたんですよね?

「あの時は読書脳がヤバくて完璧にサブカルになってたんです(笑)。第1回公演の前の1年間はほんと引きこもってたから。屋久島に行ったりとかしました。ちょっとヤバいスピリチュアルなところまで足を踏み入れてたからね(笑)」

――第1回公演以降は、基本的に人間?

「その後は一応人間ですね(笑)。あ、そうそう、『ちいさいおうち』って絵本があるんです。小さい家の周りにどんどんビルが建ってって、何十年かして最後取り壊されるかどうかって時に子供が取り戻しに来て、その家をまた昔のような小さな田舎に移すという物語。今回はその絵本のイメージがあって、どんどん老いていく、変わってく、ということを建物レベルの時間でやりたい。僕は群馬に祖母がいて、北海道の実家よりその家が気に入ってるんですけど、それがなくなるかもしれなくて。道路ができるんです。『ちいさいおうち』と同じなんですよ。それもあって、建物とか、そこに住んでいた人たちの歴史にすごく興味が出てきてるってのはあります」

――なるほど、建物を通して歴史的な時間の長さにアプローチすると。

「僕らがやってる劇場空間にどれくらいの歴史があるのか、ってことも今まで無視してきたから。元・立誠小学校はかなり古い建物で、教室には過去に何十人、何百人、何千人も生徒がいた(開校は明治初期。現在の校舎は昭和3年に新築移転されたもの)。そして僕らもこの学校を通過したその何万人とかの一部になって今舞台をこの教室でやるわけです。だから今回は「いない人」の話をしたい。卒業した人たちもそうだし、今日この学校に来るまでにすれ違った人たちの話とか。誰か1人を語る時に、そのバックグラウンドには多くの人がいるということ。人酔いしそうなくらい」

――やっぱり、他人への興味が今強くあるのかな。

「そうですね。童貞期を卒業したんじゃないかな(笑)。僕だけのことに興味なくなってきたというか。そして不在といっても、2011年の『Kと真夜中のほとりで』と『塩ふる世界。』では、いなくなった1人の女性を取り巻く人たちの物語だった。例えば震災のことが少し見えたり……それを1人の人間の喪失に託してた部分があるかもしれない。だけど年間でいなくなった人が何万人もいる、という、もっと大きな不在に今取り組みたくなってきてるんです。世界が何に悲しんでるか、って時の、悲しみ方がまだ足りない気がする、僕の作品には。だからもっと苦しみたいんですよ、誰かがいなくなったことに。もっと打ちのめされていきたい。それをもう、描かざるを得ない感じになってます」

――今回は1回の公演の中で、短編をたくさんつくるんですよね?

「15作やります。でも1回観るだけだと全部は観られない。廊下とかでもやるし」

――全部観られない、というのはマームとしては新機軸では?

編集部:昔、桜美林で上演した作品で部屋が幾つも同時にあった、というのは聞きましたけど?

「そう、『ほろほろ』って作品は20シチュエーションくらいあって、同時にバンと見せて、でも多くの人に理解してもらえなかった(笑)」

――あえて訊きますが、作家として、全部観てほしいという欲望はない?

「今回に限って言えば、全部観なくても理解できるようにしようと思ってます。2回観れば大体全部観られるとは思うけど……。ただきっと毎回違う見え方をするだろうし、昼公演と夜公演でも違う。昼だったら日光も差し込むし。ピックアップするセリフとかも人それぞれに違うかもしれない」

――原作として梶井基次郎を選んだのはどうして?

「僕、彼のことを「梶井さん」って呼んでるんです。超気持ち悪いっすよね(笑)。梶井さんの本は絶対リュックとか鞄に入ってて、昔から、CDを聴くように『檸檬』を読んでた。それくらい好きで、だからいつか梶井さんはやりたいと思ってました。あと最近のマームはよく「歩く」じゃないですか。歩いてる時にどういう風景に出会うとか、誰とすれ違うとか……。その町の歩き方は梶井さんに教わったんです。でもね、15作品やるといっても、悪いけど、梶井さんにモノ申したいけど、どの作品もほとんど描きたいこと変わってないんすよ、この人! 僕と同じで(笑)」

――同じモチーフをひたすらやると。なるほど似てますね(笑)。逆に、どの作品にも通底する何かがあるとも言えますが。

「そう、いつも死の臭いがするし、もう全然お金がないのに、これも美しいなあ、あれも美しいなあとか言って最後レモンだけ買う、みたいな。今日という時間をどう凌ぐか、お金はなくてもこれくらい豊かだ、というその町の歩き方は、ちいさんぽじゃなくて、かじいさんぽ(笑)。だけど僕も今、年とってきてて、といってもまだ26なんだけど、梶井さんは31歳で死んでるし、どんどんその年齢に近づいてきた時に、いつまでも梶井さんに頼ってる場合じゃねえなあと。例えば水道止まった時に梶井さんの本読んで心を鎮めたりしてるんですよ(笑)。こんなんじゃダメだという、決別する気合いで向き合ってます」

――ライバルですね。

「やっぱカッコイイんですよ、町の描き方が。例えばドヤ街で、猫の死骸があってもいつまでもどけないとか、悪態ついてるおじさんがいるとか。その町に僕は住んでて、町のぐるりを眺めることができる、そこで僕は今、窓を開いてる、って言う時の、その一撃の言葉がほんとにすごい天才かも!って思う箇所がメチャメチャあって、作家として梶井さんはずっと憧れてた人でした」

――そういえば最近の藤田作品にはよく、汚いおじさんが出てきますね。

「僕は、当たり前に幸せ、とかあんま興味ないんです。今、僕は4万円の風呂無しのアパートに住んでて、これからあと2年そこに住もうと思ってるけど、全然貧しさを感じたことはない。だけど町とか歩いてて目につくのはヤバイ人たちっていうか、そこに興味があって。もともと作家さんって結構そういう……でも待てよ、「作家さん」って言い方は良くないか。しかしダークサイドに興味をそそられる部分はあります。俺、それなしに、ダークサイドなしに、今の日本を描けるかって言ったら、絶対描けないと思う。『あ、ストレンジャー』(2011年4月)の時に感じたんですけど、つまりあの震災があって、日本がこのままなくなって欲しいと願ってた人もいるかもしれない。報道されないだけで」

――絆、がもてはやされる裏側で、世界の崩壊を望んでいる人がいるかもしれないと。

「そう、いるかもしれない。例えば野毛の……今、僕は横浜の野毛に急な坂スタジオという稽古場があってずっと通ってるんですけど、ホームレスの人たちとか結構いて、すごく興味津々にあの時期、ラジオに耳を当ててた人たちを何人も見たんです。ワクワクするようにラジオを聞いてて。それは僕が勝手にそう見たのかもしれないけど、でも震災でヤバイと感じてる僕の周りの人たちとは違うニュアンスを、そこに見た気がして。もしかしたら3月11日を境に、自殺しようとしてた人が思い留まったかもしれない。そういうことを想像しちゃって。これは善悪の話じゃなくて、報道されないものが確かにあり、それを描かないことにして作家として何をつくれるのかということです」

藤田貴大

Text●藤原ちから Photo●源賀津己

PROFILE

ふじた・たかひろ 1985年生まれ、北海道伊達市出身。マームとジプシー主宰。劇作家、演出家。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。2007年マームとジプシーを旗揚げ。急な坂スタジオ・坂あがりスカラシップ2010選抜。第56回岸田國士戯曲賞受賞。シーンを執拗に繰り返す「リフレイン」を得意とし、独特の音感で世界を構築する。
マームとジプシー公式HP

INFORMATION

マームとジプシー
坂あがりスカラシップ2011対象公演
『LEM-on/RE:mum-ON!!』

3月29日(木)〜31日(土) 元・立誠小学校(京都)


マームと誰かさん・ひとりめ
大谷能生さん(音楽家)とジプシー

5月11日(金)〜13日(日) SNAC(東京)

マームと誰かさん・ふたりめ
飴屋法水さん(演出家・美術家)とジプシー

6月1日(金)〜3日(日) SNAC(東京)

マームと誰かさん・さんにんめ
今日マチ子さん(漫画家)とジプシー

7月21日(土)〜23日(月) SNAC(東京)


マームとジプシー
GALA Obirin 2012参加作品
『ドコカ遠クノ、ソレヨリ向コウ
 或いは、泡ニナル、風景』

6月22日〜24日 PRUNUS HALL(東京)


マームとジプシー
『タイトル未定/新作』

9月 三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京)
   北九州芸術劇場(福岡)


北九州芸術劇場プロデュース
『タイトル未定/新作』

11月 北九州芸術劇場(福岡)
2013年3月 あうるすぽっと(東京)


マームとジプシー
『あ、ストレンジャー』

2013年1月 吉祥寺シアター(東京)



2012.03.19更新

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