心躍らないはずがない。女優という業を鮮やかに、そして軽やかに描いた清水邦夫の傑作戯曲『楽屋』に、この人が挑むのだ。映画で、音楽で、舞台で、いつも観客に瑞々しい感情を伝えてくれる人である。
Text●佐藤さくら Photo●熊谷仁男 Hair&Make●勇見勝彦(THYMON) Styling●藤谷のりこ
――初演が1977年という清水邦夫の戯曲ですが、一読していかがでしたか?
「無駄なものがない作品だなって思いました。舞台の上に楽屋を作るという設定も面白いし、あとは女優たちの執念深さや、舞台に対する想いなどが私は薄いので(笑)、かえって思い切り演じることが出来そうだなって」
――小泉さんの演じる「女優B」と、渡辺えりさん演じる「女優A」との掛け合いも絶妙ですね。
「最初はニーナ(チェーホフ作『かもめ』の有名な登場人物)のセリフとかを上品にしゃべってるのに、途中でなにかたまらなくなったように豹変して、急にべらんめぇ口調の言い合いになるのがおかしいですよね。でもちょっと気持ちよさそう」
――とはいえ、その底には女優の執念なども潜んでいると思うのですが、「女優B」は小泉さんの中には少しもいない?
「この舞台をやっているうちに『いたんだ!』と思うかもしれないけども、今のところはいないです。恵まれてきた人生だから、欲しいものを我慢したというより、早くにいろんなものを背負わされたことのほうが多かったんですね。例えば、作品にちゃんと関わってじっくり取り組みたいけど、立場的にできなかったり。失礼な言い方かもしれないけれど、主役をやっているときも脇役の素敵な俳優さんに憧れていた時がありました。その意味では女優Bのような“本気で何かを欲しがる気持ち”を置き忘れて生きてきた気がするので、今回は舞台の上で、その感覚を味わえそうだなって思います」
――初めから真ん中に立つよう運命づけられている人と、努力して這い上がってきた人と、華やかな世界には二種類の人間がいて。前者である小泉さんにとって、後者の「女優B」はどう思いますか。
「舞台などで共演する小劇場の役者さんって、ちょっと時間があるとセリフの稽古をしていますよね。また本木(雅弘)さんなんかは、お互いアイドルとしてデビューして、同じような経緯で俳優になったんですけど、彼はとても努力家で真面目な人なんです。心から『すごい』って思いながら、このあいだの『おくりびと』フィーバーを見ていたんですけど、じゃあ自分もそうするかといえば、しないし、出来ないと思うんです」
――確かに、がむしゃらに努力すればいいかっていうと、そうでもないということは多々あります。
「ただ大人になると、段々ラクができるようになってきちゃうでしょう。『それはあんまりよくないな』というのと、“枷”のようなものがあえて必要かなとも思って、まだまだ苦手な舞台という場で、勉強させてもらっている感じです。舞台をやってから映像に戻ったときに、『あ、こんなところに舞台のフィードバックが』と感じたりするし」
――4女優という役どころの、共演の皆さんについては。
「蒼井優ちゃんと村岡希美さん、(渡辺)えりさんとの4人だけの舞台というのが、どうなるのかわからなくて楽しみです。特にえりさんとは、10代の終わり頃に久世(光彦)さんのドラマでご一緒していたんですよ。当時は舞台のことを全然知らなかったんですが、えりさんがご自分の劇団三○○(1997年解散)に連れて行ってくださって。観てもよく分かってなかったと思うんですけども、逆に何か少しでも判断できるところまで勉強したいなって思うようになって。それから舞台をいろいろ観に行くようになりました」
――その後31歳で初舞台を踏んでからは、一年に一作のペースで話題作に出演。今回上演されるシアタートラムも、客席数約200という小劇場ですね。
「歌うときもなんですけど、昔からそれくらいの大きさだと『ラッキー!』って思うんです。観客の一人ひとりにしっかり伝えられると感じるし、自分が観に行くときも、それくらいの空間が好きなんですよ。前にこの劇場で舞台を見ていたとき、草なぎ(剛)さんがセットの屋根の上で声をあげたら、客席の小さな子が一緒に笑ったんです。多分草なぎさんの邪気のなさという演技が、小さな子にも伝わったんだと思うんですが、『なんか、いい回に来ちゃった』と感じた記憶がありますね」
――本作に登場する楽屋は古くて、「この楽屋には何かが溜まってる」という一節がありますが、実際の楽屋で目に見えないものを感じたことはありますか?
「昔はいっぱいありましたよ。古い劇場の造りとかもあるんでしょうけど、照明も暗かったし。今は映画館でも綺麗だし新しいけど、80年代まではあったと思う」
――そういうときは……?
「結構敏感なので、気付いたらその辺りには近寄らないですね。シアタートラムは新しいので、劇場も楽屋も大丈夫だと思います(笑)」
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