渇いた砂漠に次々とパステルカラーの花が咲いていくイメージ。 最新シングル『はじめて』は、一青窈サウンドの王道路線でありながら、新しいはじまりを予感させる魅力が詰まった名曲だ。 今年はいろいろな意味で、一青窈にとっての『はじめて』の一年になった。 9月に行われた武道館コンサートもそのひとつ。
Text●小田島久恵 Photo●三浦孝明 スタイリング●相澤樹 ヘアメイク●池田慎二(mod’s hair)
――武道館コンサートはやはり大きいイベントでしたか?
「いろいろな意味で集大成だったと思います。自分の中では“全部やってやる”みたいな気合いがあって……それは祗園の歌舞練場でやった『はいらんせ』だったり、東京文化会館でやった歌をじっくり聴いてもらうライブだったり……それらを見ていないお客さんにも、私自身をプレゼンテーションできる内容にしたかった。達成感はありますね。コーラスを100人入れた事によって、歌っている私自身ぐっときましたし」
――なるほど。
「ゲネプロなしで、コーラスの方達に当日初めてやってもらう動きもあったんですけど、みなさんすばらしい出来栄えでした」
――シングル『はじめて』は、TV番組『行列のできる法律相談所』の“カンボジアに学校を作ろう”という企画のテーマソングなんですよね。一青さんも番組スタッフとカンボジアへ飛ばれました。
「カンボジアに学校を作ろう、のイメージソングとして『ハナミズキ』を使っていただいてたんですよね(番組側は当初アーティストに無許可で使っていた)。『ハナミズキ』を選んで下さってありがとうございます、という思いで。実際カンボジアにも行ったんですが……カンボジアはもう3回目になるのかな? プライベートでカンボジアの地雷地域を回ったこともあったし、友達がNPOで地雷除去の支援をする活動をやっている事もあって、私にとっても遠くない国だったんです」
──今回の滞在で改めて発見などありましたか?
「とにかく日中53℃を超える熱気の中で、車を走らせても熱砂が吹き上がって前が見えないわけです。子供たちが林檎ジュース色の泥水を飲料水として飲んでいたことに驚きました。泥の穴の中の雨水を“飲料水”と呼んでるわけで……でも、子供たちの表情はものすごく明るい。みんなにとって、私が初めて見る外国人だったんですよ。歌手という職業があることも知らない。先生とか、配管工とか、そういう職業だけを知っていて、歌を歌ってお金をもらえるなんて信じられない、みたいな」
──カルチャーショックですよね。
「学校が完成する前と、完成してからと、二度訪れたんですが、二回目に会ったとき“将来歌手になる”と言うようになってくれた子もいました。とにかくみんな、歌もはじめてなら、クレヨンもはじめて。はじめてづくしで、全部喜んでもらえると、こっちは魔法使いになった気分です(笑)。ふだん、子供と遊ぶことがないので、子供たちからはいろんなことを学びました。子供って、飽きっぽいじゃないですか? 難しいことを言っても、すぐに動いてどこかへ行っちゃう。だから、いかに子供の目線で楽しんでもらえるか……それは、とにかく自分が一番盛り上がって、楽しむことだったんです」
――シンプルで力強い真理ですよね。子供たちから“元気”をもらったんでしょうね。
「みんなと歌を歌って、一日が終わる毎日って最高だなーって、(同行した作曲家のマシコ)タツロウと夜になっても歌ってました。シングル『はじめて』のアウトラインもカンボジアで作ったんですが、そのときの想いというのは、ただみんなにプレゼントをしたい、校歌をプレゼントして喜ぶ顔が見たい、ということだった。本当にピュアな子供たちだったので、彼らの喜びになるものを何か贈りたかったんです」
──彼らもしっかり受け取ったと思いますよ。ところで、一青さんご自身は今年でデビュー6年目ですね。ファンにとっては早いようで短い時間だったように思いますが、一青さんにとっては?
「憧れの先輩たちは、30年とか40年のキャリアの方達なので……井上陽水さんも、竹内まりやさんも……なので、自分はまだたったこれだけ? っていう感じですね。尊敬している先輩たちを見ると、早く私にも20年ぐらいのキャリアがつかないかなって思います(笑)。デビュー当時は、自分らしいアプローチは何かということをすごく考えて、今のような歌の世界観にたどり着いたんですよね。同時期デビューの方では、森山直太朗くんをリスペクトしています。歌手としても、歌詞の世界観も、“この人には負けたくないな”と思った人ですね」
──なるほど。12月には音楽劇『箱の中の女』にも主演されます。意気込みなどは?
「歌っているときと演技しているときのスタンスって、多分すごく違うと思うんです。まず自分以外の人が書いた言葉を入れて、自然に出していく……という訓練ですよね。他の方の演技を見るときも、最近では“私ならどうするんだろ?”って考えながら見てます。これからは自分の行動に今まで以上に責任を持っていきたいので、中途半端な事はしたくないですし、逆に今までの一青窈の枠も外して、新しい挑戦をしていこうと考えています」