こんな体験、あんな体験 (2)
ニュージーランド自然満喫 親娘旅
文=高橋文子(エッセイスト)


オークランドのマウント・イーデンで(展望台)
360度のパノラマが見渡せるところ


マウントクック連峰をバックに


ミルフォードサウンドクルーズの遊覧船内にて





思い出の自然豊かなニュージーランドへ

 スチュワーデスとして世界中を飛び回っていたころ、ステイ先で最もリラックス出来た国がニュージーランドだった。
 豊かな自然、温暖な気候、清潔で美しい町並み、豊富な食べ物、そして何よりも気持ちを爽やかにしてくれたのは、この南海の楽園に住む人々だった。普通どこの国でも出入国の係員や税官吏の第一印象はあまりよくないもの。けれども、イギリス的な洗練されたマナーの良さと、アメリカ的なざっくばらんな気さくさを兼ね備えているこの国の人々は、誰もが暖かくホスピタリティにあふれているのだ。
 人口三百五十万余りの人々がゆったりとした国土に住み、社会保障も完備している上に治安も良いというのであれば、のんびりムードになるのも当然のことであろう。
 昔はパンナム機でホノルルからフィジイ島を経由してオークランドに飛んでいたが、今回は成田からニュージーランド航空のクライストチャーチ行きの直行便に乗り込んだ。娘の大学進学を記念し、家族揃って、長年の夢だった南島行きを決行することにしたのである。


「ロード・オブ・ザ・リング」の舞台に立って

 オークランドや首都のウェリントンは北島にあるが、氷河やフィヨルドなどの大自然に恵まれ、世界遺産や国立公園の宝庫でもある南島は、ニュージーランド観光のハイライト。 スチュワーデスの頃はオークランドステイが四日もあったので、よくロトルアまで出かけ、温泉に入ったりもした。マオリ文化の中心地ロトルアは地熱活動が盛んな土地で、古くから温泉保養地として栄えてきた。日本の温泉よりずっとぬるくて、すぐには体が温まらないけれど長時間入っていられるので、クルー仲間と温泉につかりながら四方山話に明け暮れ、ゆったりとした昼下がりを楽しんだものだった。
 日本人乗客で満席のジャンボ機は、十一時間後、定刻通りにクライストチャーチ空港へ到着した。日本との時差は四時間なので欧米のフライトに比べると、疲れは感じられない。南極大陸に向かう飛行機はクライストチャーチを経由していくという。南極大陸とつながりの深いところだが、イギリス風の整然とした町並みが続き、人工の美しさを風景に溶け込ませている。大聖堂からトラムカーという路面電車に乗って市内を眺めていると、ふとタイムマシーンで前世紀の街に戻ったような不思議な雰囲気の街だ。
 翌日は早朝からトランスアルパイン観光へ出発した。カンタベリー平野の中心に位置する街から少し車を走らせると、もう緑一色。世界に冠たる酪農国だけあって、緑の芝生に羊の群れが遊ぶ田園風景の連続。何と人口の数十倍にあたる8千万頭の羊がいるのだというから驚く。羊のほかに鹿、牛も放牧されているが、人は全く見かけない。所々に湖が点在していて、まるで絵葉書のような美しさだ。
 一時間もドライブすると、スプリングフィールド駅に到着した。南アルプスを望むこの小さな駅から、トランスアルパイン号に乗車した。 テレビ朝日の"世界の車窓から"という番組でも紹介された列車で、いくつものトンネルや渓谷を抜け雪をいただく山頂やブナの原生林で覆われたアーサー峠国立公園へ向かった。車窓を流れる大自然の景観は山肌が迫っていてダイナミック。この地域で「ロード・オブ・ザ・リング」が撮影されたというが、なるほどブナの原生林で覆われたこの山岳地帯は、クラッシック映画のロケ地にもってこいの場所だ。撮影に入る前に首相が大戦のシーンに軍隊を貸すなど全面協力を申し出たといわれるが、このハリウッドの大作の撮影でニュージーランドに落とした金額は、二年分のワインの輸出額を上回ったのだという。


家族一緒に、マウントクックの雄姿に感動

 ニュージーランドが世界に誇る英雄といえば、半世紀前にエベレスト登頂を果たしたエドモンド・ヒラリー。八十四歳になる今も健在で、北島で蜂蜜を作っているというヒラリー卿は、エリザベス女王と共にニュージーランド紙幣にもなっているが、現存の人物が紙幣になるのは極めて珍しいことだ。ヒラリー卿がエベレスト登頂前に登っていたのが、マウントクック連峰のタルボット山である。
 南半球のアルプスの最高峰、マウントクックは標高3754m。富士山とほぼ同じ高さだが山岳地帯特有の不安定な気象のため、マウントクックはなかなか姿をあらわさないということ。ガイドが「先日、日本人観光客で三度目にしてやっとマウントクックを見れたという人がいました」といっていたが、幸い晴天に恵まれ、私たちは壮大なアルプス連峰の雄姿を初めて目にして感動した。
 十八世紀にジェームス・クック隊長がニュージーランドの海岸線を探検した時、その奥に深く入り組んだ氷河地帯、ミルフォード・サウンドには入らなかった。太古の昔地球の寒冷化によって氷河期が始まり、このフィヨルドランド一帯に雪が積もって氷となり、氷河が形成されたという。今回の旅行で一番楽しみにしていたのが、クルーズ船でフィヨルドを周遊することだった。フィヨルドランド国立公園は、ニュージーランドで最大の国立公園で、その類まれな美しさと、地球上における進化の歴史を証明するユニークな自然が認められ、世界遺産地域に指定されている。険しく起伏に富んだ雄大なフィヨルドを眺めながらのクルーズはこれまで経験したことがない程圧巻だった。
 八日間の滞在中、始めの三日間は連日パッケージ・ツアーのため早朝起こされたので、娘のマリ子は、〔もう団体旅行はしたくない。ツアーに入らないでフリータイムが欲しい〕とご機嫌斜め。今までツアーに入ったことがないので無理もないが、大自然に囲まれたこの国を観光するにはパリやローマの街と違って個人旅行は難しい。


日米合作「ラスト・サムライ」が撮影中だった

 アルプスの懐に抱かれた湖畔のリゾート、クイーンズタウンに2日間滞在した。そこでは、自由にショッピングやレストランに出かけることができた。バンジージャンプで有名な世界的なリゾート地だが、人口が一万二千人という小さな町なので徒歩でどこにでも行けるのが、観光客には有難い。わずか三十分ほど街を歩き終えると、今度は小高い丘のロフトのようなところに到達した。入って見るとセンスの良い若者向けのドレスが並んだ大きなブティックだった。流行に敏感な若い女性が好みそうなものが多く、マリ子はすっかり気に入りいろいろ試着し、ブラウスを二枚買った。オーナーの女性は私たちが日本から来たというと、〔私の娘はサム・ニールの家で家政婦をしているの。彼はクイーンズタウンに住んでいるハリウッドスターで、奥さんがノリコという日本人なのよ〕と教えてくれた。
 スティブン・スピルバーグが監督した「ジェラシック・パーク」にグラント博士役で主演したサム・ニールは、十数年前撮影中に出会った日本人のメーキャップ・アーティストと結婚し、故郷のニュージーランドに住んでいる。「二人ともロケで留守にすることが多く、留守中の子供の責任を娘は一切任されているので、サムにはとても信用されているの」と誇らしげに付け加えた。サム・ニールは、クイーンズタウンに定住する人のうちでは最も有名な人物らしく、現地のガイドも何度も観光バスの中で話していた。映画では恐竜のイメージが強かったため、彼の顔を思い出すのにかなりの時間がかかった。
 映画といえば、北島では日米合作映画「ラスト・サムライ」が撮影中だとかで、ニュージーランドの雑誌のカバーやタブロイド誌で、よく主演のトム・クルーズを見かけた。日本から渡辺謙や真田広之などの俳優も加わり、膨大な数のエキストラを動員して連日大掛かりなロケが続けられているという。
 成田への直行便に乗るため、最終日はオークランドで一泊した。四半世紀ぶりに再訪したこの港町では、ちょうどアメリカズ・カップの決勝戦が終わったばかりだった。ニュージーランドのチームは惜しくも連勝は逸したが、この世界的なヨットレースのイベントの舞台となったハーバーサイド・エリアは、まだ祭りの後の興奮冷めやらぬといった賑やかさだった。



高橋文子(たかはしふみこ)=東京生まれ。中央大学法学部卒業。コロンビア大学大学院社会学修士課程終了。ポーランド大使館勤務ののち、パンアメリカン航空のスチュワーデスとなり、16年間にわたり世界の空を飛ぶ。その後、執筆活動へ。新刊(4月)に『12パターンで書ける英語の日記』(ナツメ社/1200円)がある。その他、英会話の本に『高橋マリ子は日本語 英語をこうして覚えた。』(展望社)、(『スチュワーデス・ダイアリー』(評論社)、『3語で通じる英会話』(明日香出版社)、『旅行英会話が3時間で面白いほど身につく本』(中経出版社)、『50歳からのカタカナ英会話』(明日香出版社)、ルポルタージュに『消滅〜空の帝国パンナムの興亡』(講談社)、『転身』(牧野出版)などがある。


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