Myway Club 連載記事


ヨットで世界を旅する
第4回「シーマンシップの世界」
Robert Sendoh (ロバート・センドウ)


操船中の筆者








 はじめに、2004年2月末に封切りが予定されているハリウッド映画の一つ「Master & Commander」は、今回のテーマとして取り上げたシーマンシップの一端が表現されていますので、本文を読まれた方はシーマンシップの観点を意識して鑑賞されると一段とこの映画を楽しむことができますので、是非、映画館に足を運んでください。

≪シーマンシップの定義≫

 日本語でシーマンシップの翻訳として「船乗り魂」という言葉が使われているのを時折目にします。この言葉からイメージされるのは、どちらかというと精神的なもので、「がんばり通す」「くじけない」などがその例でしょう。しかしながら、通常、ヨットクルージングの世界でのシーマンシップという言葉には精神的なものは、ほんの少し入っているだけで、その実態は「ヨットを使って船を運航するのに必要な知識と技術の集大成」であり、英語ではこのような概念を説明するのに「Art」と言う言葉を使います(日本語ではArtは芸術という意味でしか理解されていないことが多いですね)。精神的なコンテンツとしては、守るべきマナーやら、船の上での人間関係に関するルールがシーマンシップの中に入っています。

≪シーマンシップの歴史≫

 現代に繋がるシーマンシップは、前回のテーマとしてお話した航海術の発達に併せて発達してきました。当初は地中海の中で沿岸航海術とともに、その後は大航海時代が始まると外洋航海術とともに発展してきました。大航海時代にはスペイン、ポルトガルが当初は覇権をめぐって争い、後にはそこに英国が加わり、最終的に大英帝国の覇権時代を迎えるわけです。
 ご存知の方も多いと思いますが、英国がスペインの無敵艦隊を迎え、ネルソン提督率いる英国海軍が当初の不利な予測をひっくり返して完勝した背景として、英国海軍の統一のとれた艦隊運動が挙げられます。
 スペイン側の艦船は個々を取り上げると英国側の艦船に比べて強力な攻撃力を誇り、船体も大型のものが多かったのですが、艦隊運動を行いながらの戦闘という観念に乏しく、各船長がバラバラにあちこちで戦闘を開始しました。これに対して、英国艦隊はネルソンの指揮の下、獲物を追い詰める猟犬のように艦隊が一体となって行動、スペイン側の船を次々に沈めていったのです。
 この勝利の背景として、体系的・合理的に整えられたシーマンシップが英国側に存在し、そのシーマンシップに基づいて艦隊全体がよく訓練されていたことが上げらます。
 余談ですが、このことははるか後の時代において、日本とロシアの艦隊がぶつかった日本海海戦においても全く同様に働きました。艦隊として十分に訓練を受け、個々の船の戦闘力よりも艦隊としての連携運動に優れた艦船をセットとして運用するという、戦闘の基本を忠実に守った(背後にはもちろん十分な艦隊運動訓練がありました)日本海軍が勝利を得たわけです。
 英国のその後の長い繁栄を文字通り支え続けたのが、英国海軍の抜きん出た力にあったことは歴史的評価が一致しているところです。その後、ヨーロッパにおいてはじまったプレジャーボートの普及に伴い、それまで戦争と商業航海で培われてきたシーマンシップはそのままプレジャーボートのシーマンシップとしての歴史を歩みだし、現代に至っています。

≪シーマンシップのコンテンツ≫

 冒頭に述べた通り、シーマンシップは船を航行させるために必要な技術と知識の全てを指す訳ですが、現代のシーマンシップをもう少し具体的に分類すると次のようになります。

(1)「船の各部の名称、操船に際して船の上で使われる用語」
当然です。言葉が通じないことには安全な操船は望むべくもありません。
(2)「操船の技術そのもの」
ヨットの場合にはエンジンを使った操船、セールを使った帆走、これらの技術。
(3)「船そのもののメンテナンスと修理に関する知識、技術」
基本的なメンテナンスは自分でやります。修理も同様、海上で故障しても陸上のように簡単に外部の助けを得ることは出来ません。船体そのもの、エンジン系統、電気系統、セールなどの帆走に必要なハードウエア、これらが対象です。
(4)「ナビゲーション」
情報収集とそれらの解析、プラン作り、水上での自船位置の確定、これらを磁石(コンパス)とプロッター(チャートワーク用の定規)のみで行うことが出来なければなりません。もちろん最新の電子機器、例えばGPSやレーダーなども使いこなすことが要求されます。
(5)「海洋学、気象」
海に関することは当然知らなければなりません。又、海上気象についても実践的な知識と情報収集、解析能力が求められます。
(6)「水上生活・環境保護論者」
ヨットクルージングを始めると、ほとんどのセーラーは環境保護者に変貌します。限られたスペースの中で生活するわけですから、まず無駄なモノは買わなくなる(収納場所が無い)、水の使用量に敏感になる(水は船に積んであるだけ、ペットボトル一本で朝の洗面、歯磨きは常識、食器洗いも海水を併用)、そして美しい景観の中をクルーズするのがヨットクルージングの醍醐味ですから、自然に環境保護主義者になります。陸上のレストランに行っても、紙ナプキンは一枚以上使わない。この紙は美しい木を切り倒して作られていると考えるようになるのです。
(7)「通信技術・言葉」
VHF無線は船の必需品、これを使えるようにならなければなりません。又、外国でクルーズするときには英語が共通語。ある程度の英語力も必要となります。
(8)「ファーストエイド」
怪我をしたり、病気になったりしても陸上のようにすぐに救急車は来てくれません、自分である程度の応急処置などは出来るようになっていなければならないのです。

≪ Self Sufficient (自己完結)≫

 上記のシーマンシップのコンテンツをご覧いただければお分かりになる通り、シーマンシップを身に付けた人間はどんな風になっているのか。それが「Self Sufficient」。要するに何でもできるだけ自分でやれるようになること。これがクルージングセーラーの自己実現目標といえます。そして、これを実現したところに待っているのが「自由」です。自然環境を本当の意味で理解し、船さえあれば自分自身でどこにでもでかけることができるのです。
 これはあらゆるものがブラックボックスと化し、自分の知識と自分の手で行うことが少なくなっている現代社会では貴重なものです。私がこのシーマンシップの普及に力を入れている理由がここにあります。皆さんも是非始めてみてはいかがですか。


Robert Sendoh
(ロバート・センドウ)


プロフィール
バンクーバー在住の日系カナディアン。40歳を過ぎてからカナダに移民。移民後にヨットを習い始め、カナダヨット協会のインストラクターを経験の後、カナダを本拠地とする世界的なヨットトレーニング団体、ISPA ( International Sail & Power Association)の設立に参加。現在は同団体のInternational Director / Vice President。日本の活動母体であるISPA Japan (NPO団体)の副理事長。日本に本格的なクルージング文化を紹介することを目的として活動中で、今までに数多くの日本人クルージングインストラクターを養成するとともに、バンクーバーを主たるベースとしてWindValley Sailing Schoolを運営。

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