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| Vol.50 2003年ジーコ・ジャパンを振り返って(2) |
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| コミュニケーション不足!? |
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ジーコ・ジャパンでは、決定力不足とともにコミュニケーションの問題が盛んに取り上げられている。僕も現役を引退してから、こどもたちにサッカーを教える機会が多く感じることがあるが、テレビゲームや携帯電話の普及で人の目を見て話すということが少なくなってきているので、人に意見が言えない人が増えているのだと思う。何かコミュケーションをとれないのが文化のような。これは深刻な問題だと思う。
まして日本のトップである代表チームでこういう話が上がるとは。中田英が言ったこともあると思うが…。ただ、どうもメディアが取り上げているコミュニケーションというのは“口”だけのように思う。普段の会話が少ないとか、もう少し対話をすればとか。
実際に、コミュニケーションというのは“口”だけではなく、“目”だって、“ボディランゲージ”だってとれるわけだし。究極的には話さずにとれた方がいいはずだ。それに、試合中にコミュニケーションをとることなんて、そんなにないと思う。グラウンドのなかでのコミュニケーションといえば、せいぜい簡潔な指示。輪を組んで話すことなんてありえないわけだから。
欧州組が多く、まとまって練習する時間も少ない。そういうなかで(コミュニケーション不足の)問題があるのだとしたら、やはり監督であるジーコがある程度試合のなかでの約束ごと、明確な形を示すべきだと思う。そして、細かな微調整を試合中に行なえばいい。もし、根本的な、大筋のコミュニケーションを試合中にしていることが問題になっているとしたら結論は出るわけがない。
また、中田の言っているコミュニケーションがどんなことを指しているのか分からない部分もある。もし中田以外の選手に聞けば、コミュニケーションは問題ないって言うかもしれない。いったい、コミュニケーションをとることによって何をしたいのか? 声が出ないことによって問題になっていることは何なのか? 中田が言っていることがチームとしての答えなのか? 同じ選手同士で言い合っても反発が起きるだけ。立場(ポジションや選手)によって考え方も違うわけだから。
何か根本的なコミュニケーション不足の問題を、代表チームが言われているのは寂しい気がする。だとしたら、そこで手を打つのが監督の仕事だ。選手に「コミュニケーションをとりなさい」と言って、そういう場所を提供するとか(例えば合宿で2人部屋にするなど)。そういう風にしないとできないのなら。すでにしているのなら、もっとする必要がある。
僕自身、現役時代に意識してコミュニケーションをとった記憶はない。レッズでJリーグの得点王を獲得したシーズンにバインとのコンビについて、よく聞かれたが、ふたりの間に言葉なんてなかった。目とか感覚だった。彼も日本語が喋れるわけではないし、僕もドイツ語は喋れない。バインとゆっくり話をしたことなど、なかったと思う。だけど、プレー(練習や試合)をしている間にコミュニケーションはとれていくものだ。
寡黙な久保には、寡黙な彼だからできるプレーもあるはず。東アジア選手権を見ても、周囲とのコンビに問題はなかった。何か中田が言って、メディアが取り上げた“コミュニケーション”という言葉がひとり歩きしているように思う。 |
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