皆さんオンド・マルトノという電子楽器は御存知でしょうか?名前は聞いたことが無くても、その夢のような音色はきっとどこかで耳にされているはず。テレビのCMだと、例えばファンケル化粧品で流れるメロディ。あるいはパチンコ「平和」(アントニオ猪木が坊主になって滝に打たれている)。ケンタッキーもそうでした。映画音楽は枚挙に暇がありませんが、近作では今村昌平監督《赤い橋の下のぬるい水》(音楽:池辺晋一郎)、また7月公開予定の実相寺昭雄監督《姑獲鳥の夏》でも効果的に使用されています。ポップス系だとブリティッシュ・ロックのレディオ・ヘッド(ジョニー・グリーンウッド)や、シャンソンのジャック・ブレル「行かないで(Ne
me quitte pas)」のイントロ(演奏はシルヴェット・アラール)。クラシック・ファンには、N響アワーのオープニングで流れるメシアン「トゥーランガリラ交響曲」でおなじみでしょう。
指揮者・作曲家のブーレーズはパリ音楽院卒業後の若かりし頃、指揮者として名を成すようになるまでは、実はルノー=バロー劇団の伴奏者としてオンド・マルトノ演奏で食っていました(「スタッカートが得意だった」そうな)。
音楽家であり科学者であった製作者、モーリス・マルトノ氏の気の遠くなるような工夫・意匠の積み重ねにより、オンド・マルトノは電子楽器にも関わらず、演奏家自身の「手癖」や「音色」がヴァイオリンやチェロのように一瞬に立ち現れるものへと完成されていきました。
弾き易さと表現能力の背反では古楽器クラヴィコードを、調整の難しさではオーボエのリード等を連想させます。25年前に製作者が死去してからは、幾多の試行にも関わらず、この繊細きわまる電子楽器の再生産は多難の一途で、マーケットでは銘器ストラディバリウスのように扱われているようです(目下1台2500万円相当とか)。
さて、オンド・マルトノ奏者(オンディスト)の原田節(ハラダ・タカシ)氏は、しばしば「日本での第一人者」という紹介をされますが、実はダントツで世界ナンバーワンの実力の持ち主です。ただのフランスかぶれの駄洒落オヤジだとナメてはいけません。初版では「ピアノと管弦楽のための」と題されたトゥーランガリラ交響曲が、1986年にデビューしたハラダ氏のオンド演奏に衝撃を受けた作曲者メシアンによって、最終版では「オンド・マルトノ独奏、ピアノ独奏、管弦楽のための」というタイトルに書き換えられたのは、知る人ぞ知るエピソードです。彼の左手人差し指の上下1センチの絶妙さは、ヴェンゲーロフのボーイング・テクニックに匹敵するでしょう。彼の自作のオンド協奏曲《薄暮、光たゆたふ時》や、ピアノとのドゥオ《オリーヴの雨》組曲(色々な編成版あり)は、楽器の表現能力を最大限に引き出している点で、メシアンやジョリヴェと並んで、各々のジャンルのトップ3に入る名曲です。
ともかくも、普通はアレンジャーに丸投げするような映画音楽のオーケストレーションも自分で全てこなし、また自作シャンソンをポルトガル語やらフラマン語やらで楽しそうに歌うのを聞いていると、本当にハラダ氏は根っから音楽のことが好きなんだなあ、と感じます。楽器創作者の妹、ジネット・マルトノのためにメシアン・ジョリヴェ・ミヨー・オネゲルらがレパートリーを提供した第1期、メシアンの義妹ジャンヌ・ロリオが演奏法を確立しパリ音楽院で門下を輩出していった第2期を経て、いまオンド・マルトノの歴史は、マン=マシーン・インターフェース表現の極限を疾走するハラダ・タカシによって「第3期」を迎えているのです。
それでは原田さん、次回宜しくお願いいたします。寒い駄洒落だけはやめてね。
≫次回は…オンド・マルトノ奏者の原田 節 (ハラダ タカシ)さんです。 |