@ぴあメールマガジン クラシック アーティスト・リレー・エッセイ〜5線紙にのせて〜
第18小節 ピアニスト:大井浩明
2005/03/16
 皆さんオンド・マルトノという電子楽器は御存知でしょうか?名前は聞いたことが無くても、その夢のような音色はきっとどこかで耳にされているはず。テレビのCMだと、例えばファンケル化粧品で流れるメロディ。あるいはパチンコ「平和」(アントニオ猪木が坊主になって滝に打たれている)。ケンタッキーもそうでした。映画音楽は枚挙に暇がありませんが、近作では今村昌平監督《赤い橋の下のぬるい水》(音楽:池辺晋一郎)、また7月公開予定の実相寺昭雄監督《姑獲鳥の夏》でも効果的に使用されています。ポップス系だとブリティッシュ・ロックのレディオ・ヘッド(ジョニー・グリーンウッド)や、シャンソンのジャック・ブレル「行かないで(Ne me quitte pas)」のイントロ(演奏はシルヴェット・アラール)。クラシック・ファンには、N響アワーのオープニングで流れるメシアン「トゥーランガリラ交響曲」でおなじみでしょう。
指揮者・作曲家のブーレーズはパリ音楽院卒業後の若かりし頃、指揮者として名を成すようになるまでは、実はルノー=バロー劇団の伴奏者としてオンド・マルトノ演奏で食っていました(「スタッカートが得意だった」そうな)。

 音楽家であり科学者であった製作者、モーリス・マルトノ氏の気の遠くなるような工夫・意匠の積み重ねにより、オンド・マルトノは電子楽器にも関わらず、演奏家自身の「手癖」や「音色」がヴァイオリンやチェロのように一瞬に立ち現れるものへと完成されていきました。
弾き易さと表現能力の背反では古楽器クラヴィコードを、調整の難しさではオーボエのリード等を連想させます。25年前に製作者が死去してからは、幾多の試行にも関わらず、この繊細きわまる電子楽器の再生産は多難の一途で、マーケットでは銘器ストラディバリウスのように扱われているようです(目下1台2500万円相当とか)。

 さて、オンド・マルトノ奏者(オンディスト)の原田節(ハラダ・タカシ)氏は、しばしば「日本での第一人者」という紹介をされますが、実はダントツで世界ナンバーワンの実力の持ち主です。ただのフランスかぶれの駄洒落オヤジだとナメてはいけません。初版では「ピアノと管弦楽のための」と題されたトゥーランガリラ交響曲が、1986年にデビューしたハラダ氏のオンド演奏に衝撃を受けた作曲者メシアンによって、最終版では「オンド・マルトノ独奏、ピアノ独奏、管弦楽のための」というタイトルに書き換えられたのは、知る人ぞ知るエピソードです。彼の左手人差し指の上下1センチの絶妙さは、ヴェンゲーロフのボーイング・テクニックに匹敵するでしょう。彼の自作のオンド協奏曲《薄暮、光たゆたふ時》や、ピアノとのドゥオ《オリーヴの雨》組曲(色々な編成版あり)は、楽器の表現能力を最大限に引き出している点で、メシアンやジョリヴェと並んで、各々のジャンルのトップ3に入る名曲です。

 ともかくも、普通はアレンジャーに丸投げするような映画音楽のオーケストレーションも自分で全てこなし、また自作シャンソンをポルトガル語やらフラマン語やらで楽しそうに歌うのを聞いていると、本当にハラダ氏は根っから音楽のことが好きなんだなあ、と感じます。楽器創作者の妹、ジネット・マルトノのためにメシアン・ジョリヴェ・ミヨー・オネゲルらがレパートリーを提供した第1期、メシアンの義妹ジャンヌ・ロリオが演奏法を確立しパリ音楽院で門下を輩出していった第2期を経て、いまオンド・マルトノの歴史は、マン=マシーン・インターフェース表現の極限を疾走するハラダ・タカシによって「第3期」を迎えているのです。

それでは原田さん、次回宜しくお願いいたします。寒い駄洒落だけはやめてね。

≫次回は…オンド・マルトノ奏者の原田 節 (ハラダ タカシ)さんです。
大井浩明 写真

■作曲家/ピアニスト 大井浩明(おおい・ひろあき) プロフィール
京都市生まれ。独学でピアノを始めたのち、スイス連邦政府給費留学生ならびに文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルン芸術大学(スイス)に留学、ブルーノ・カニーノのピアノ/室内楽マスタークラスにてイタリア楽派のピアノ奏法を学ぶ。同音大大学院ピアノ科ソリストディプロマ課程(最上課程)修了。また、チェンバロと通奏低音をディルク・ベルナーに師事、同大学院古楽部門コンツェルトディプロマ課程も修了した。同時にフォルテピアノと歌曲伴奏をイェルク・エヴァルト・デーラー、オルガンをハインツ・バッリに師事。
第30回ガウデアムス国際現代音楽演奏コンクール(1996/ロッテルダム)、第1回メシアン国際ピアノコンクール(2000/パリ)に入賞。第3回朝日現代音楽賞、第11回アリオン賞奨励賞、第4回青山音楽賞、第9回村松賞、第11回出光音楽賞等を受賞。

内外のオーケストラと共演。仏TIMPANIレーベルでの『クセナキス管弦楽全集』シリーズに2002年から参加、アルトゥーロ・タマヨ指揮ルクセンブルク・フィルと共演したCD《シナファイ》はベストセラーとなり、ル・モンド・ドゥ・ラ・ミュジック
“CHOC”グランプリを受賞した。2004年秋には第2協奏曲《エリフソン》世界初録音が同レーベルからリリース、また《エオンタ》を含む独奏曲集や第3協奏曲《ケクロプス》の録音も予定されている。近年は歴史的鍵盤楽器の演奏にも力を入れ、J.S.バッハクラヴィア練習曲第三巻》(ドイツ・オルガン・ミサ)全曲による演奏会や、クセナキスのチェンバロ協奏曲《ゴレ島へ》のドイツ語圏初演、同オルガン曲《グメーオール》の日本初演など、16〜17世紀の初期バロックに焦点をあてたチェンバロ・リサイタル等をヨーロッパと日本で行っている。

▼大井浩明blog
http://ooipiano.exblog.jp/

▼テレビマンユニオン
http://www.tvumd.com/artists/artistprofile/ohiprof.htm

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