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――落語家になる前、会社勤めや演劇をされた経験も今の活動に生きていますか?

「それはあるでしょうね。たとえば給料。芸人やアーティストや役者といったフリーの方は、働いた分だけギャラをもらうという“足し算”の会計。でも、サラリーマンは、とりあえず決まった収入があって、そこから家賃を払ったりなんだりして、残った2〜3万円をどう使うかという“引き算”なんです。上下関係にしても、芸人とサラリーマンとでは違いますね。そういうものを知ったことは、新作を作る際に生きていると思います。あと、勤め先で広告を扱っていたのも、大きいかもしれないですね。流行や人の興味に対する感覚なんかは、その時身についたことなんじゃないかな。

演劇のほうはね、役者に憧れて養成所に入ったり、随分色々やったんだけれど、ひとりで何役もやる癖がつくと、ひとり一役ができなくなっちゃって。役者は声や台詞回しだけじゃなく、黙ってそこにいても成立するように、存在というか肉体やそういうものを訓練するんでしょうから、落語家とはまったく違いますね。観客に徹して楽しんでいます。演劇やコンサートはよく観に行きますよ。そこで、やっている人のサービス精神やエネルギーに驚いて、落語への刺激や元気をもらって帰ります」

――そのサービス精神もエネルギーも、志の輔師匠の落語から感じられます。

「うん……結局、すべてのものがサービス精神と芸術のバランスみたいなことなんですよね、きっと。陶芸の世界でも、美術品とは別に、日常使うものはどう使うかとか、持ち手はどのくらいの大きさがあったほうがいいかとか、そういうふうに考えられてできているわけで。私だって、本当は自分の好きな茶碗だけ焼いていたいけれども、“使ってもらう”ためにはどうするか、常に考えないといかんのです」

『志の輔らくご in PARCO』より 「メルシーひな祭り」(2012)

――“使い手”である観客の感覚・感性は時代と共にどんどん変化していきます。今後、たとえば22世紀、23世紀になったとき、落語はどのように“使われる”でしょうか。危機感のようなものはありますか?

「落語は絶対になくならないと信じています。それは、最終的には“人”を扱っているから。もちろん、古い作品はどんどん難しくなっていきますよ、“吉原というのがありまして”と話しても、22世紀には吉原のよの字もない。でも、男が女にモテたいとか、楽をしたいとか、お金がほしいとか、旅行に行きたいとか、そうした思いは恐らく22世紀でも23世紀でも一緒。こういう根っこが生きている限り、落語はずっと存在するだろうし、もっとも的確に“人”を表現するものであるはずです。

なぜなら落語って、笑いながら聞くものだからなんですよ。人間って弱くてどうしようもない生き物なんだよね、ということを真面目に言われてもつまらないけれど、笑わせながら語った途端に観客の頭の中にすっと入ってくるんですよね。

一緒に笑えるということはすなわち、“これは笑ってもいいよね”“これは笑えないね”という価値観を共有すること。落語は“ここまで他人をだましたらひどい目に遭うんだな”とか“お金はこういうふうにもらってもいいけどこう取っちゃいけないんだ”とか、そういう、日本人がコミュニケーションを取る上で大切なことが詰まった、人間づきあいのバイブルなんです。“この落語家が喋ることなら何でも面白い”と思う点では、宗教の教祖様に近いかもしれないですね。残念ながらお布施はほとんど集まりませんが(笑)。ひとつ言えるのは、落語は決して間違った道には導きません。というのも、間違っていると思った落語を聞いても笑えないし、お客様はたぶん二度と足を運ばないでしょ? 落語家が東西合わせて800人いるのは、お客様が自分の感覚と合う落語家を探すのにそれだけの数が必要だからなんです」

――各々の落語家が、古典に新作にと工夫を施しているわけですね。

「政治の話をする落語家もいれば、政治のことは話したくないという落語家もいる。大きな特徴は、脚本家も演出家もいなくて、みんな自分が面白いと思うことをそれぞれに喋っているところ。“だったら難しい古典落語をやらずに新作落語を作ればいいじゃないか”と言われるだろうけど、300年間、各演者が練りに練ってきた、うちの師匠の(立川)談志が言う“人間の業”を表現した古典落語を超える新作なんて、そう簡単にはできないんですよ。でも、なんとか自分が納得できるぐらいのレベルだと思える私の新作落語も、いずれ弟子がやるかどうかはわからないわけですよ。喜ばないかもしれないし、師匠がやったら面白いけど自分がやっても……と思うかもしれない。それが、新作の強さでもあり弱さでもあるんです。

そこへいくと、古典はもう、誰がやっても面白くできちゃう。それを自分なりにアレンジしてみるというのが、現在、落語家の大半がやっていることですね。私も、先人たちに畏敬の念をもって古典を受け継いでいきたいと考えています。けれども、できれば私のものはオール新作になればいいなとも思うんです。だって、古典の継承者はたくさんいますから」

『志の輔らくご in PARCO』より 「親の顔」(2013)

――そうやって、落語が今に有効なエンターテイメントであることを、落語家の皆さんはそれぞれ証明されていると。

「昔は、つまらない冗談を言うと“落語家みたいなこと言うなよ”って言われたくらい、ばかばかしいことの代名詞でした。確かにそれはひとつの面ではあるんだけど、落語というのは、ばかばかしさを装いながら、噛みしめれば噛みしめるほどすごいところを突いているのがわかるもの。だから、世の中にあるいろいろなエンターテイメントの中にも、落語はちゃんと存在してるんです。

一度しかない人生の中で、芸能も芸術もぜんぶ楽しめたらいいですよね。落語は、目を開けていれば自ずと情報が入ってくるものではないですけど、“聞いているうちにどんどん頭の中に色々なものが浮かんできて楽しい”と感じてくれる人が、2人にひとりは絶対にいます。その人達が落語の面白さに気づかないままだったら、あまりにも勿体ないじゃありませんか」

――エンターテイメント性という意味では『志の輔らくご in PARCO』の工夫を凝らした演出も、これまで大いに話題を呼んできました。

「スタートした当初は、スタッフも私に色々なことをしてあげようと思って“こんなことをしたらどうか”とか“あんなことをしたらどうか”と言ってきてくれたんだけれど、最近では“ハレの日”になるように、ロビーの飾り付けや何かでわくわくする工夫を大事にしつつ、落語自体の見せ方としては、より削ぎ落とした究極にシンプルな上演を目指しています。

多くの素晴らしい演劇を生んできたPARCO劇場が、1年のスタートを落語にあててくれているというのは、落語にとっても非常に良いことでしょうし、ここで普通の落語会じゃないものを続けてきたことへのご褒美なのかなとは思っています」

Text●高橋彩子 Photo●吉田タカユキ(SOLTEC):立川志の輔

PROFILE

たてかわ・しのすけ
1954年生まれ、富山県新湊市(現:射水市)出身。明治大学在学中は落語研究会に所属。劇団、広告代理店勤務を経て、83年、立川談志門下に入門。90年、立川流真打に昇進する。古典落語から現代的な諸相を取り入れた新作落語まで幅広い芸域と、劇的にして温かみのある語り口で、落語初心者から落語通まで、老若男女を問わず多くのファンを獲得している。NHK「ためしてガッテン」などで、お茶の間でも人気を集める。


TICKET

立川志の輔・出演情報

「三枝改メ 六代桂文枝 襲名披露公演」
2月25日(月) 岐阜・長良川国際会議場 メインホール
「横浜にぎわい座三月興行 〜志の輔noにぎわい〜」
3月14日(木) 神奈川・横浜にぎわい座 芸能ホール
「朝日名人会 第127回」
3月16日(土) 東京・有楽町朝日ホール
「立川志の輔独演会」
3月21日(木) 大阪・堺市民会館 大ホール
「八天改メ 七代目月亭文都襲名披露公演」
3月30日(土) 東京・国立演芸場
「立川志の輔 独演会」
4月5日(金) 熊本県立劇場 演劇ホール
「春の金沢 志の輔独演会」
4月11日(木) 石川県立音楽堂 邦楽ホール
「立川志の輔 独演会」
4月26日(金) 東京・銀座ブロッサム(中央会館)
「高座開き 立川志の輔独演会」
5月3日(金・祝) 愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール

公演・チケット情報



RELEASE

志の輔らくご in PARCO 2006-2012[DVD/ブルーレイ BOX]

2月15日(金)発売
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2013.02.05更新

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