現在、ワールドツアー真っ最中の『THE BEE』。〈English Version〉と〈Japanese Version〉の2作がここ日本でも観られる絶好のチャンスに恵まれるわけだが、単なる作品インタビューだけをしてもつまらない。なにせ、野田秀樹である。答えられないことはないんじゃないかという知の巨人である。そこで選んだテーマは“フィジカルと言葉”。稀代の表現者は、自己のそして演劇のなにを信じているのだろうか?
――フィジカルと言葉。表現者としての野田さんは、どちらを信じていますか?
「そのふたつを分けられるのは、中学生の時に『なに色が好き?』と女子生徒から聞かれた時のような感じがするな(笑)。質問の真意は、どういうことなんだろう?」
――インタビューという言葉をもらう仕事をしているのにもかかわらず、“フィジカルを伴った言葉”こそを聞きたいと最近感じるようになりまして。「愛してる」よりも「1回やらせろ」のほうがグッとくるというか。
「『1回やらせろ』はフィジカルを説明するための言葉だと思うけどね(笑)。でも、言いたいことはわかるし、いまの説明で答えの半分は出ているんじゃないかな。"フィジカルを伴った言葉"という表現って、ふたつをわけていないよね? 俺が考える表現においても、フィジカルと言葉は離れがたいものだから。いまこうやってインタビューを受けている時だって一所懸命に手や目を使っているわけで、言葉を信じてもらうためには身体がちゃんとしていないと成立しない。逆もあってさ、じゃあフィジカルだけでいいかと言えば、語っていない身体はダメだから。昔、あるダンサーをロンドンで見た時、評価の高かった人なんだけど、バカが踊ってるとしか思えなかった(笑)。まぁ、俺の若い頃もバカが動いてるだけだったけどね」
――どういうことですか?
「フィジカル的に“すごく動ける役者になろう”なんて考えたことは一度もない。でも、芝居を始めた頃から、なぜか知らないけど動いていたわけ。で、その動きを『おもしろい!』と誉められたもんだから、『そうか、俺の動きはおもしろいのか』と調子に乗っていった。しかも、若い頃は跳躍力もあったから、『すげぇ飛んでしかも喋ってる!』なんて評価を受け、さらに調子に乗ると(笑)」
――その初期衝動からキャリアを重ねたいまは?
「キャリアを重ねたというよりも、単純に年齢の問題があるから。年を取ると飛べなくなるんですよ。そして、苦しくなる。苦しいのに飛ぼうとして、そんな自分と何年ぐらい戦ったのかなぁ。35歳前後の5年間ぐらいかなぁ。なんかね、その頃は、わざわざ楽屋に来て『最近、飛べなくなったね』とかいう無神経なひとことにイラっときて『くそ。明日から走り込みだ』とか自分に鞭を打っていた気がする(笑)。でもまぁ、さっき言ったように、俺の場合はフィジカルだけじゃなく言葉も武器だと思っているし、フィジカル面だけで言っても、動けない人が動くというのは演技としてものすごくおもしろいわけでしょ? 演劇や芝居というのは必ずしも数字で計れる世界じゃない。低い数字が限界に挑む姿がおもしろかったりするから」
――苦しいのに飛ぼうとしていた時期の1987年。初めてエディンバラ国際芸術祭に招待された時の感情は覚えていますか?
「もちろん、覚えてる。……もうね、夢のようでした。当時は日本の若い劇団が突然に海外のフェスティバルに呼ばれるなんて絶対になかったから。評価は総じて良かったように記憶している。もっとも、悪い評価もあったんだろうけど、当時は英語もよくわかんないから、とにかく誉めてくれているものだけに目を通してね(笑)。あまりにも嬉しかったものだから、自分としては好きじゃないのに、『ファントム』(『オペラ座の怪人』)の初演を勢いで観てしまったほどで。ところが、内容はともかく、劇場や観客には嫉妬しまくりだった。演劇がかくも愛されているということ。掃除の仕方からもスタッフが劇場を愛していることが感じられたし、会場に来ている観客の拍手からも演劇を愛してやまない雰囲気が漂っていて。役者からも、有名になりたいという不純物が混ざっていない感じがして」
――不純物? 役者が有名になりたいと願うのは不純物なのでしょうか?
「もちろん、『ファントム』に出ていた役者にだって、有名になりたいとの思いがゼロなわけじゃないとは思う。でも、たとえば演劇と音楽を比較するなら、再生可能か否かという点において圧倒的に別物。音楽は再生可能な表現だから、売れちゃったら一夜にしてすごいことになる。でも、演劇というのは、シンデレラストーリーが存在しづらい。だって、どんなに多くの人が演劇を観たといったって1回の舞台に限って言えば1000人とかがせいぜいでしょ? でも、音楽ならばCDや配信で世界中に表現を届けられる。しかも、演劇の場合って、初日に『これはすごい舞台になる!』と感じた作品が回を重ねるごとに『あれ? 意外とのびしろがなかったぞ』と思うこともあるし、初演時は好評を博したのに、再演した途端にダメになってしまう可能性だってある。それが、演劇のおもしろさであり恐ろしさなんだけど、それって数値化できないということでもある。CDのように売り上げ何億枚とかの数字ですごさを裏付けられない魅力。それが演劇というものの正体のひとつだと感じるんだけど、ま、ひとことで言えば、所詮、演劇だから(笑)」
――「所詮」という言葉に、野田さんのフィジカルが伴っているように感じました。額面通りに受け取っちゃダメな言葉だぞと。
「ふふふ。どうなんだろうね(笑)。ただ、エディンバラ以降、ロンドンの仲間と一緒にやっていると、自分自身から余計なものがそぎ落ちていく感覚はある。純粋に演劇に集中している。家を出て電車に乗って稽古場に行って、ふつうに生活しているだけなのに、ちゃんとピリピリしていて。その集中がずっと持続できている感覚があるんです。自分でもなんでだろうってよく考えるんだけど、いまだに答えが出なくてね」
Text●唐澤和也 Photo●源賀津己
のだ・ひでき●1955年生まれ、長崎県出身。劇作家/演出家/役者。1976年に劇団夢の遊眠社を結成。1992年に劇団を解散し、ロンドン留学を経て、1993年にNODA・MAPを設立。2009年からは東京芸術劇場の芸術監督を務めている。
NODA・MAP 公式HP
東京芸術劇場 公式HP
『THE BEE』English Version ワールドツアー 日本公演
2月24日(金)〜3月11日(日) 水天宮ピット 大スタジオ(東京)当日券販売方法
『THE BEE』Japanese Version ジャパンツアー
4月25日(水)〜5月20日(日) 水天宮ピット 大スタジオ(東京)
5月25日(金)〜6月3日(日) 大阪ビジネスパーク円形ホール(大阪)
6月 7日(木)〜10日(日) 北九州芸術劇場 中劇場(福岡)
6月15日(金)〜17日(日) まつもと市民芸術館 実験劇場(長野)
6月22日(金)〜24日(日) 静岡芸術劇場(静岡)
※チケットは2月25日(土)一般発売開始