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宮本亜門

 現状を自覚しながら、目指すゴールに向けて、あらゆる努力を惜しまない。それが演出家に必要な資質なら、この人は筋金入りの演出家だ。昨年からは、芸術監督という新たな立場を得て、より広範な視野から"現実"を見つめている。大きな一年を経験し、今、何を感じているのか。その胸中に迫った。

――KAAT 神奈川芸術劇場のオープンから1年が経ちました。芸術監督として今どんな実感を持っていますか。

「開館する前に描いていたイメージと実際が全く同じではない、というのがひとつ。一方で、よくやったなと自分たちでは思っています。スタッフ一同、寝る暇もなく本当に頑張った。まだ広く知られていない劇場をどうやれば知ってもらえるか。僕の就任前に決定していた事項は変更がきかないとか、壁にぶちあたることも少なくなかったし、“そうかこれが公立というものか、自分は今までなんて自由にさせてもらっていたんだろう”と痛感する日々でした。震災もあって、これまで常識とされてきたようなシステムや体制が大きく変化すべき時期、パラダイム・シフトにきているという思いも強くしました」

――就任から現在まで、時系列に振り返ろうと思います。KAATで最初に演出を手がけた舞台は『金閣寺』でした。

「批評家がどう捉えたかは別にして、自分個人としては、大きな、新しいきっかけをもらったと思っています。方向転換ともいえるような。やはり有名な原作、それも三島由紀夫の名作を舞台化するということは、僕の人生の中でも最大級のプレッシャーだったし。まず、この作品を選んだことに対する反発もKAATの中でありました。そんなに暗いものは、最後に寺を燃やすようなものはどうか、と。やっぱり最初は祝祭感のあるものにすべきだ、と。劇場側としてはミュージカルでいきたかったようで、この演目に落ち着くまで1年かかりました。『金閣寺』でやりたかったのは、様々な出会いがもたらす化学反応です。小劇場出身の人もいる、ジャニーズもいる、もしくは舞踏の人もいる、それからパフォーマンスの人もいる。色んな人たちが違うところから集まって新たなものを作っていく、ということを目的にしたかったんです。実際に今でも思い出すけど、あれほどみんなが不安そうな顔をしている稽古場はないんじゃないかっていう(笑)。違う者同士が関わり合うということは、やっぱりある種の恐怖を伴うわけで。でも、それこそがコミュニケーションで、新たなクリエイションの生まれる瞬間だと僕は思う。そこを乗り越えて、創作に取り組めたことは、少し自信につながったかもしれません」

――若い男優陣の熱演が印象的でした。

「森田(剛)くんが演じた溝口は、この人を通して観客が作品に触れるというキーパーソンで、詩的な内面世界を表現しなければならない最も難しい役です。それを、あれだけの集中度で演じて、これこそが溝口じゃないかと思わせるレベルにまで持っていったことに感謝しています。スターを起用することに異論もあったけれど、実力が伴っているわけで、どこのフィールドで活躍している人でも、それが適材であればもっと素晴らしい」

――他者と関わって創造していく、ということでいえば、クリエイティブ・パートナー(チェルフィッチュの岡田利規、ダンサーの首藤康之、演劇ジャーナリストの岩城京子が就任)という制度を採り入れて、劇場運営について彼らと恒常的に意見交換していますね。

「今後何を自分たちは演劇としてやっていきたいかとか、こんな可能性はあるか、ないか、っていうことを、形式にとらわれず率直に話せる。芸術監督になった一番の喜びがそれかな。話しながら、こういう発想があるんだ、と。僕は新たな発想は大歓迎で、そういうことが新たな時代を作っていくべきだと思っています。僕に気を遣っておべんちゃらを言う人に興味ない。そうじゃなくて、クリエイションについてお互い対等に話したい。色んな話ができてるのは、本当に芸術監督になったおかげだなあ。これが一番うれしいことかもしれないな」

――『金閣寺』の後、地点の『Kappa/或小説』の初日が3.11でした。結局、数日遅れでの開幕でしたが。

「一回限りの公演になりました。その後しばらく休館したので。輪番停電をする可能性が高くなって、電車がいつ止まるかわからないような状況になって。実を言うと、僕はそれでもやるべきだと思ってました、個人的には。決定したのは財団(公益財団法人神奈川芸術文化財団)です。余震がまだ多く、停電の影響や観客の安全を考えて、と」

――エンタテインメントの持つ意味を改めて考えさせられる機会になりましたね。

「9.11の時も『アイ・ガット・マーマン』を上演するために、ニューヨークにいたんです。あのときは結局、ニューヨーク市長が“ブロードウェイに灯をともそう”と言ったので、僕たちも幕を開けることになったんですけど。正直言うと、僕はそんな状況ですぐに“さあ! 今こそエンタテインメントだ!”とまでは思わない。そのとき考えたのは、生死に関わる事態を乗り切った後、今度は生きていく人をケアするのに、何が必要なのかということでした。そこで、演劇の力を再認識したわけです。日本中が内向きになり、保守的になり、道を失うというか、次の行き方を探すために迷路に入ってしまったような状況の今、様々な可能性を閉ざさないように、何とか演劇を使えないだろうか。その想いは一段と強くなりました」

――震災後、最初に手がけたのが『スウィーニー・トッド』再演でした。

「あれはキツかったですね。精神的にヘビーな作品なので、この時期になんでこれをやるのか問わざるをえなかった。台本の読み合わせをしているときに、大きな余震があった。それも、一番怖いナンバー、『街が燃える、地獄だー!』で。音楽も恐怖感を駆り立てるように書かれているし。人間の根源的な姿はどのようなものかを突きつけるための作品なんだけど、ヘビーでした。大竹しのぶさんも市村正親さんも、ギリギリの緊迫感の中、自分をチアアップして作品に向き合っていて、一日一日がスリリングでした。そのせいか、ある意味、初演以上に集中力があり芯が入ったことも事実ですね」

――次が『太平洋序曲』。劇中の『ネクスト』というミュージカル・ナンバーに、震災後の日本を重ね合わせましたね。

「もともと、ラストで現代の日本を描いて終わる作品です。9.11の後、2002年にリンカーン・センターで上演したときもセリフを変えたし、2004年にブロードウェイでやったときもセリフを変えた。脚本のジョン・ワイドマンもそれは了解の上で。ドキュメンタリー性の強い作品なので、毎回ラストは変化するんですよ。今回は、日本という国についてみんなが意識を向けている、こういう時期にやるんだな、というのは思いましたね」

――文明社会に、原発のことでいうと、ツケが回ってきたなと。

「そうですね。その痛みはどうしても背負わざるを得なかったし、原発のことは作品に入れました。一方で、重すぎたかもしれないですね。もともとエンタテインメント性よりも現実の生々しさを重視した作品ではあるけど、やっぱり時期的にね。状況によって印象がこうも変わるのかと。作品というのは生き物、とつくづく思いました」

――5月に『スウィーニー・トッド』、6月に『太平洋序曲』の幕を開けて、7月は『金閣寺』のニューヨーク公演を行いました。反応はどうでしたか。

「『太平洋序曲』を最初に上演したときの総スタンディング・オベーションとは違いましたね。『金閣寺』は、戦後の空っぽな日本に対しての、もっと言うとアメリカに対しての刃ですから。アメリカ人にとってはビターな痛みを持った作品なので、つらい人はつらいはずです。その反面、好きな人は恐ろしく好きになってくれて。『ドリーム・ガールズ』のヘンリー・クリーガーとか、ジョン・ワイドマンご夫妻とか。これをニューヨークでやってくれて良かったと楽屋から帰りませんでした。ハッピーエンドばかり求めて、意識がモワッとボケているところにナイフを突き刺してくれて良かったと言ってくれる人もいました」

――森田剛さん、高岡蒼甫(現・蒼佑)さん、大東俊介(現・駿介)さんたちの演技はいかがでした?

「3人とも活き活きとしていて。本番前にちょいちょいセントラルパークで3人で遊んでましたね。そのせいか、演技ががますます自由になり、解放されて。カーテンコールの笑顔も輝いてました」

――『金閣寺』ニューヨーク公演の後、11月にはKAATで『ISAMU公開リーディング』を行いました。

「イサム・ノグチに魅かれているんです。香川県のイサム・ノグチ庭園美術館には彫刻の製作現場がそのまま残ってるんですけど、そこに行ったときに、ものづくりに対する彼の精神に触れて。日本とアメリカのミックスとして生まれ、自らのアイデンティティに悩み苦しんだ彼の、宇宙論にも通じるような精神のあり方に強い関心があります。3年から4年をかけてひとつの舞台に仕上げて、いずれはニューヨークに持っていきたいと思っています。リーディングはその長期計画の第1弾」

Photo●熊谷仁男

PROFILE

みやもと・あもん 1958年生まれ、東京都出身。出演者、振付師を経て、2年間ロンドン、ニューヨークに留学。 帰国後の1987年にオリジナルミュージカル『アイ・ガット・マーマン』で演出家としてデビュー。2004年、東洋人の演出家としては初登場となるニューヨークのオン・ブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演し、同作は2005年のトニー賞で4部門にノミネートされる。2010年にはロンドンのウエストエンドに進出し、ミュージカル『ファンタスティックス』を上演した。2011年1月にオープンしたKAAT 神奈川芸術劇場の初代芸術監督。


TICKET

『アイ・ガット・マーマン』
1月3日(火)〜19日(木) シアタークリエ(東京)
1月22日(日) サンケイホールブリーゼ(大阪)
1月27日(金) 北國新聞赤羽ホール(石川)
2月4日(土) 日光市今市文化会館(栃木)

公演・チケット情報



『金閣寺』
1月19日(木)〜22日(日) 梅田芸術劇場 メインホール(大阪)
1月27日(金)〜2月12日(日) 赤坂ACTシアター(東京)

公演・チケット情報



新国立劇場演劇『サロメ』
5月31日(木)〜6月17日(日) 新国立劇場 中劇場(東京)
※3月17日(土)チケット一般発売
新国立劇場HP


INFORMATION

“うれしいプロジェクト”チャリティー・オークション
ネット入札期間:2011年12月26日(月)11:00〜2012年2月22日(水)14:00
ハガキ入札申し込み期限:2012年2月21日(火)劇場到着分まで有効

東宝公式HP



2012.01.10更新

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