- 『映画は映画だ』
3月14日(土)よりシネマスクエアとうきゅうほかで公開 - 作品情報
「演技することに飢えていた」と、ソ・ジソブは除隊後初となる映画主演に関して語った。『バリでの出来事』や『ごめん、愛してる』というドラマで見せた顔とは明らかに違う何かがそこにある。彼はなぜ演技に“飢え”、映画を渇望したのか、主演作『映画は映画だ』を通して考察する──。
Text●高橋諭治
除隊後に巡り合ったガンペ役はなぜソ・ジソブにとって運命的なのか?
複雑な感情を持つこの役で、ソは新たな俳優人生を歩み出すことになる。
『映画は映画だ』は映画と人生についての映画である。私たち観客は俳優が演じるキャラクターと、俳優のプライベートや素顔がイコールではないことを知っている。『映画は映画だ』の興味深い点は、そんな物語というフィクションと人生というリアルの融合をテーマにしていることだ。設定からして抜群に面白い。
スタ(カン・ジファン)は若き映画スターだが、新作の撮影でヤクザ役をうまく演じられないという壁にぶち当たる。アクション・シーンで共演者を病院送りにした彼が、新たな相手役として白羽の矢を立てたのが本物のヤクザ、ガンペ(ソ・ジソブ)。ガンペにはヤクザになる前に俳優を志していた過去があった。かくして映画スター、ヤクザという光と影のように対照的なふたりの男の人生が、映画撮影現場で交錯していく。
原案を手がけたのは『サマリア』『悲夢』などで知られる韓国映画界の鬼才キム・ギドク。韓流エンタテインメントのメインストリームで活躍するソ・ジソブとの接点が見出しづらい異色の顔合わせだが、“演技をしたがるヤクザ”と“兵役のブランクで演技を渇望するソ・ジソブ”の出会いは、まるで運命に導かれたかのようだった。興行結果に見合った歩合制でギャラを受け取る“投資型”の条件で、出演を決めたことも彼の並々ならぬ意欲を表している。
「シナリオを読んで物語とキャラクターに魅せられ、すぐにやりたいと思いました。その頃は兵役を終えたばかりで、演技への情熱に満ちていたので、この企画と出会えてとても嬉しかったですね。実はもともとキム・ギドク監督の作品はたくさん観ていたんですよ。キム監督の映画はちょっと難解だし、怖そうな人という先入観を抱いていましたが、実際のご本人はとても優しくて人間的な方でしたね。この映画に投資する形で出演を決めたのは理由があります。俳優として“他人の映画”に入っていくのではなく、より積極的に“自分たちの映画”を作りたい思いがあったんです。確かに、これは韓国映画界では珍しいケースで、周りの人々によく冷やかされました(笑)」
カン・ジファン演じるスタは感情の起伏が明快で、比較的飲み込みやすい人物だが、ガンペのほうはそうはいかない。この男、何を考えているのか、何をしでかすのかわからない。おそらく俳優にとっては、その謎めいた曖昧さこそが演じる面白さであり、厄介な点でもあっただろう。
「ええ、ご指摘通り、ガンペが醸し出す予想不可能な雰囲気を表現するのが難しかったですね。もちろんそうした設定についてはシナリオにも書いてありましたが、撮影の1ヵ月前から台本の読み合わせをして、監督と話し合いながら一緒にガンペの人物像を作っていきました。実は今回の映画では、その作り上げる作業の過程自体がとても楽しかったんです。撮影前にじっくり役作りできるのは映画ならではのメリットですよね。TVドラマでは本番前ぎりぎりに台本が届いて、キャラクターの大まかな枠組みしか決められずに撮影に臨むことがよくありますから」
取材前には、劇中のガンペと同じく、ソ・ジソブ本人も物静かな人物らしいとの噂を聞いていた。確かに雄弁家ではないが、決して無口ではない。慎重に言葉を選んでから重い口を開くのではなく、むしろ自然体の口調ですらすらと答える。特に自らの演技についての質問には、いっそう滑らかな言葉が返ってくる。
「先ほどじっくりと役作りできることが映画のメリットとお話しましたが、あらかじめ100%作るわけではないんです。実際の撮影では不確定な要素や、現場ならではの臨場感に左右されますからね。共演者がどんな演技をしてくるか、予測できない面もあります。だから事前の役作りは80〜90%程度にとどめ、現場のリハーサルでさまざまなことを感じ取りながら残りの10〜20%で対応するようにしています。今回の映画の場合、ガンペは寡黙なキャラクターなのでセリフは少なめですが、仕種や動きに関してはアドリブ的なアイデアを提案したこともありました」
事前の役作りがまったく通用しなかったのが、終盤に用意された干潟でのアクション・シーンだ。ガンペとスタが繰り広げる泥まみれ&血まみれのガチンコ・ファイト。足もとはぐちゃぐちゃにぬかるみ、まさに現場ならではの不確定要素だらけの壮絶シーンである。今をときめくスターふたりの顔が泥だらけで見えないクライマックスなど、常識ではありえないことではないか!
「干潟でのシーンはあらかじめトレーニングを受けて、どんなアクションをするか練り上げてあったんです。ところが現場ではそのお膳立てをまったく活用できませんでした(笑)。実際に泥の上でアクションを演じてみると、目に泥が入るし、足は滑るし、カン・ジファンさんと本当に殴り殴られ合う感じでしたね。クライマックスのアクションを干潟で撮ることは知っていましたが、あの場所は僕の想像を超えていました(笑)。2台のカメラを据え、20時間くらいアクションを撮っていたと思います」
さらに「そういう“やってみないとわからない”シーンを演じるのは不安ではないのか」と尋ねると、苦笑いを浮かべて次のような答えを返してくる。
「不安だし、緊張もしますが、監督が“アクション!”とサインを発すると楽しめるものなんですよ。それが俳優という職業なんでしょうね」
正直に告白すると、筆者は『映画は映画だ』を観るまでソ・ジソブについてほとんど知らなかった。彼が兵役に就いていたことすら知らなかった。『映画は映画だ』でのガンペ役にただならぬ気迫を感じ、このラフな髪型に無精ヒゲの若い俳優はいったい何者かと思わされた。つまりこれはソ・ジソブの熱烈なファン限定のアイドル映画などではまったくない。ラスト・シーンでガンペが浮かべる笑み、しかも至上の喜びと決定的な破滅が入り混じった異様な笑みには、男性観客も心底ぞくりと感動を覚えずにはいられないだろう。
「そう言ってもらえると、とても光栄です。ラスト・シーンは、当初は撮影スケジュールの前半のうちに撮る予定だったのですが、僕の希望で最後のほうに変更してもらいました。それまでのガンペの感情の流れが掴めないと、演じるのが難しいシーンだったからです。この映画で私なりに達成できたのは、ひとつの役柄を深く掘り下げることができたことと、これまでにない自分を表現できたということ。そして何より嬉しかったのは、いい映画を作れたという実感を得られたことです。その手応えはとても強いですね。そもそも撮影前には(兵役による)長い空白があったこともあって、不安とプレッシャーを感じていたんです。結果的にこの映画が、不安を払拭してくれました」
その不安とは、ひょっとすると孤独という言葉に置き換えられるのかもしれない。俳優という職業は、つねにきらびやかなスポットライトを浴びているように見え、えてして孤独な生き物である。1本の入魂作をやり遂げたとしても、その充実感は一瞬の幻のようなもので、またすぐに新たなやり甲斐のある作品と出会えるかはわからないのだから。
例えば、堂々たるキャリアを築き上げてきた大物俳優が、「この先いい役に巡り合えるかどうか、または俳優の仕事を続けていけるのか、不安で眠れなくなることがしばしばある」などと告白するのを聞いて驚かされたことがある。そんなベテランでさえ苦悩するのに、はるかに若いソ・ジソブは、なぜ孤独でクールな佇まいでいられるのか。『映画は映画だ』でも孤独なヤクザを演じた彼は、この孤独というキーワードをどう捉えているのだろうか。
「そうですね……孤独とは“待つ”ということではないでしょうか。人というのは忙しいときには孤独を感じている暇もありませんが、何もしていないときは何かを待ちわびながら孤独を感じるものですよね。そういう意味において俳優という仕事には、孤独はつきものなのかもしれません。いや、孤独よりもある種の寂しさといったほうが正しいかもしれない。今回演じたガンペは孤独を抱えていますが、かなりの寂しさを宿した人物でもあるんです。孤独と寂しさの間には、何か違いのようなものがあると感じましたね」
俳優へのインタビューにおける定番の質問に、「今後はどんな俳優活動をしていきたいか」というものがある。それにちょっとひねりを加え、最後にこんなふうに聞いてみた。「ファンがあなたに対して抱くイメージを尊重しながら作品やキャラクターを選んでいくのか、それともファンの期待を裏切って驚かせたいか」と。
「今回の映画でもそうでしたが、新しい演技に挑戦してファンを驚かせたいという気持ちはつねにあります。その一方で当然、ファンがいてくれるから今の僕がいるという思いもある。あなたの仰る通り、ファンの皆さんは僕にこんなキャラクターを演じてほしい、というイメージを持っているかもしれません。しかし10人のファンがいたとしたら、10人全員が同じイメージを持っているわけではないですよね。だからこんなふうに考えたりするんです。ひとつの役を演じたら、10人のうちひとりくらいは満足してくれるかな、と(笑)」
「『映画は映画だ』を見たファンは全員が驚くでしょう」と問いかけると、撮影中に蓄えたヒゲをすっかり剃り落としたソ・ジソブは、ふっとかすかな笑みでうなずく。この見かけのクールさに騙されてはいけない。孤独なヤクザ、ガンペが内に秘めた夢と情熱は、やはり俳優ソ・ジソブの人生と固く結びついているのではないか。『映画は映画だ』はそんなリアリティがひしひしと息づく、映画と人生についての映画である。
