名曲にはふたつのタイプがある。緻密に作り上げられた建造物のような美しさを備えた楽曲と、自然にある風景そのもののようなさりげない楽曲。くるりのニュー・シングル『三日月』は明らかに後者だろう。歌が実にさりげなく染みこんでくる。ふと口をついてでた歌がそのまま曲になったというようなたたずまいをしていて、聴き手をまったく身構えさせない。この曲、NHKの時代劇『「浪速の華」〜緒方洪庵事件帳』の主題歌でもある。くるりと時代劇の組み合わせは意外だが、これがまたしっくり来る。つまり時代も地域も超えた普遍性を備えているということだろう。
Text●長谷川誠 Photo●かくたみほ
――さりげなく響いてくるけれど、すごい名曲だなと思いました。
岸田「実際にすごくさりげなく作って、すごくさりげなく録ったんですよ。レコーディング・スタジオでみんなにコード進行を配って、大体こんな感じです、はい、せーの、どん、はい、オーケーって(笑)」
佐藤「ボーカルも仮歌として歌ったものがOKテイクになったし」
岸田「時間的な制約もあって、構築してる余裕がなかったこともあったんですけど」
佐藤「本来は構築したがりなんですけどね」
――でもこの曲ではその作為のなさも魅力になっていると思いました。
岸田「気を抜いたときに屁が出てしまったりするじゃないですか。それに近い(笑)。人前で絶対せぇへん人がふっとやってもうた時に、たまたま聴けたら、ちょっとうれしいやないですか(笑)」
――この名曲でそんな例えをするなんて(笑)。
岸田「みんな、きれいにメイクをしたいわけですよ。女性ファッション誌を見たら、確かにかわいいんですけど、みんな同じ顔に見える。ミュージシャンとしてきれいに演奏したいというのは自然な感情やと思うけど、みんな同じになってることにあまり気づいてない。安全圏がどんどん狭いものになってる。それでいいのかと。すっぴんでええやんと。この曲の肝となっているのはピュアということなんですよ。最近、ピュアって、なかなかお目にかかれないじゃないですか? 自分の中でピュアって感じたことある?」
佐藤「ないよね(笑)。月を見たときに、きれいやなって思うくらいかな」
――この『三日月』も月を見つめている時の率直な気持ちが描かれた曲ですよね。時代劇『「浪速の華」〜緒方洪庵事件帳』の主題歌でもありますが、どういう流れで?
岸田「タイアップのお話をまずいただいたんですよ。“緒方洪庵の話を連続でやるんですけど、主題歌を書いてくれませんか”って。で、台本と原作の本をいただいて、読んでから、書きました。もともと依頼されて書くのは結構好きなんですよ。言われた通りになっているかどうかは別なんですけど(笑)。月9だって、全然やるんですが、あまりそういう話が来たことがない(笑)」
――くるりが時代劇の主題歌を担当するというのはちょっと驚きました。
佐藤「台本を読んでみると、時代劇と言っても、チャンバラではなくて、恋愛もある普通の青春のドラマだったので、自分らの身の丈にあったものではないかと思いました」
岸田「物語の中で感情移入できる部分をキャッチして書くことができたのが大きかった」
――感情移入したのはどういう部分ですか?
岸田「田舎の武士だった主人公が大阪に出てきて蘭学を勉強してるわけで、一種のマイノリティーだったと思うんですよ。意地と心細さを持って、一生懸命生きてるような、迷ってるような、モラトリアムな状態にあるところもそうだし。一番リアリティーがあったのは街の風景の描写ですね」
――歌詞の中にも“街のざわめきも行き交う船も”などのフレーズがありました。
岸田「港やけど、港旅情っていう港じゃなくて、当時の港湾地区の感じですよね。夜になると、人気がなくなって、静かになっていく。自分が知ってる景色と一緒というわけではないけれど、重なるところはあって、その景色がこの歌を書かせたんだと思います」
――今いる場所が本来の場所ではないという違和感とか孤独感ということですか。
岸田「そういう気持ちもあるし、シリアスなだけではなくて、寂し楽しっていうか、どっちにも転べる部分もあるんですよ。時代の流れというゴンドラからふっと下りた時の感覚。その中にいる時はわからへんけど、降りたら、よくわかる事ってある気がするんです。自分も歓楽街の喧騒を逃れて、静かなところを歩いていたら、色々と考えたりするし。物語の当時も激動の時代だったろうから、今ともリンクするかなって」
佐藤「自分はこの曲を演奏してると、すごい寂しい気分になるんですよ。なんでかよくわかってなかったんですが、今、繁君の話を聞いてしっくりきました。ゴンドラを降りたというのがぴったりきた。社会から一歩離れた時って、自分と向き合っている時なのかもしれないなって」
――内省的であり、寂しさや儚さもあり、前向きさや優しさもある不思議な曲ですね。
佐藤「きっと聴く日の気分によっても伝わり方が違うんやろうなと思います」
――最後の“どうかやさしさに変えて届けたい”というところも素晴らしいですね。
岸田「優しくするのって難しいじゃないですか。環境、状況、季節、色々なことが関係してくる。この曲は社会に変わってほしい、社会を変えたいというメッセージソングでもありますね。最近、音楽を通じて、世直しをせなあかんなと思っているんですよ」
――“世直し”という言葉がちょっと時代劇っぽいですね。次のアルバムはどんな作品になりそうですか?
岸田「まだ録ってもいないので何とも言えませんが、曲自体がそれぞれコンセプトを持ってる感じになるような気もしますね。いわゆる美しい歌ものが揃ったアルバムというよりも、意外とごっつりした感じになるかもしれない」
佐藤「ストーリーを持ったアルバム、世界観をアルバム一枚で表現できたらいいなとは思ってます。あとはピュアさを大切にして、作っていきたいですね(笑)」