「歌い手を幸せにしてくれるのは、結局、曲しかないねん」――ソロ活動をはじめた1年前にトータス松本がよく口にしていた言葉だ。『FIRST』と名づけられた初のアルバムに、それはどのように結実したのか。
Text●ぴあ編集部 Photo●中川有紀子
「1stアルバムにダサいもんはないねん」
ひとしきり取材が進行した終盤に、ほとんど突然といった感じでトータス松本は切りだした。
「たとえばジョン・レノンの『ジョンの魂』とかさ。ビートルズの作品から比べたら相当と言ってもええほど薄暗いムードやねんけど、その答えのない混沌とした感じが切実というか、迫力があるというか。やっぱり1stって、もうカラッポになってもええわ、みたいなエネルギーがぜんぶ封じ込められてる」
7月15日にリリースとなる初のオリジナル・ソロ・アルバムのタイトルは『FIRST』と名づけられた。冒頭の言葉はあくまで一般論として語られたものだ。しかしそこには自分自身に向かってささやきかけるような静かな決意が滲んでいる。
昨年6月にシングル『涙をとどけて』を発表以来、CDとしては3枚のシングルを経てのアルバムということになる。その間ちょうど1年になるわけだが、ソロのスタートを切った頃トータスはよく次のようなことを言っていた。
「歌い手を幸せにしてくれるのは、結局、曲しかないねん」――だから、何年たっても色あせない名曲を作るしかないのだ、と。もし、そのために選んだ環境が“ソロ”なのだとしたら、それはより難しい状況に自らを追い込んだということになる。
「そう。そやねん。変な言い方かもしれんけど、思ったようになるんよね、割と。ここでホーン入れたいとか、こういうタイプの曲やったらあのミュージシャンとやったらええやろとか。できるんよ。けど、そうやって思ったようにやってできたものがいいかどうかがちょっとわからん。ソロを始めるまでは、思ったようにできるのが一番いいと思ってた。けど、いざそれが可能な環境に来ると、思ったようになるっていうのも必ずしもよくないのかな、とも思う」
つまり、こういうことだ。
「最高のミュージシャンを集めた。ハイ録った。2テイクくらいでバッチリのもんが録れる。聴く。なんの文句もない。……仕事としてはスマートに進んで行ってんねんけど、やっぱり音楽作るってそこからもうひとつ向こう側に押し進んで行ったところに真実があるんやね」
振り返れば、ウルフルズを一躍トップ・アーティストの座に導いた『ガッツだぜ!!』は、トータスの手からこぼれて勝手に大きく成長した曲だった。そういった予期せぬ出来事をミュージシャンはよく「マジック」(=魔法)と表現する。
「だからそれはね、絶対作為的にはできへんのよ。魔法使いじゃないから。でもそれは起こりうることやねん。どこでどう起こるかわからへんけど。で、その魔法がかかった時にはじめて名曲って呼ばれるものになるのもわかってる」
そして、どんな名曲が書けたとしても音楽に答えはないということも。そのことをトータスは長いキャリアを通して、さらにはソロでの活動をはじめたことによって決定的に了解している。しかしそれでも――答えを求めずにはいられないのが真っ当なミュージシャンとしてのあり方なのだろうか。たかがポップ・ミュージックじゃないか、大それた芸術作品をこしらえようとしているわけではない。
「そうや。そんなこといちいち考えんでも音楽なんて作れるよ。むしろ、そこまで戻りたいと思ってる」
そこで、冒頭の言葉へとつながる。全16曲。トータス松本という人間の機微が手づかみできるような1stアルバムだ。とても正直な作品だ。そしてそこにこそ、マジックの起こる余地があるのかもしれない。
特集「トータス松本、ソロ発進 旅立ちへの第一歩」(2009年7月30日)
