- ユーミン“ツアー特別編”。スペシャルメニューを加えWOWOWとコラボ
(2009年7月27日ニュース)
Text●島田諭
荒井由実として発表した1973年のデビューアルバム『ひこうき雲』から数えると、通算35枚目となるユーミンこと松任谷由実のオリジナル・アルバム『そしてもう一度夢見るだろう』。キャッチーなメロディ、そしてリスナーにさまざまなイメージを喚起させる情景描写豊かな歌詞。どちらもほんとうにすばらしい。他の誰も真似することさえできない見事なポップ・メイカーぶりは、アルバムでいうと35枚も続けられているのである。そこで、このインタビューでは具体的な新作に対するものでなく、稀代のポップ職人としてのユーミンにフォーカスした質問を軸に話を訊いてみた。
──ユーミンさんはこれまでたくさんのポップスを作ってきたわけですけれど、ユーミンさんにとってのポップスとはどのようなものなんですか?
「どのような……ちょっと抽象的すぎる質問ですね(笑)」
──ポップスを作る上で心がけていることや意識していることがなにかあるんでしょうか、ということなんですけれども。
「時代と呼吸することは大事ですよね。でもそれを考えていたら(制作が)遅れるので考えていないし、意識していないです。勘、といいますか」
──まずは勘に頼るということですか?
「そうですね。ただ、考えるところと考えないところがあって、考えるところは、歌詞。感覚的なことをみんながわかる言葉に通訳しないといけないので。その温度感、質感をみんなにわかるように置き換えるためには考えないといけないですから。そこで、ポップでありたいとは思うわけですけど、ポップスを作ろうと思ってアルバムを作ろうとは思っていない。なんでもそうですけど、姿勢だと思うんですよ」
──姿勢?
「そう。ただそれがなにかって訊かれても言葉ではいえないですよね。わたしの脳の中にあるので、見せるものではないというか、見せられない」
──その姿勢とは、モチベーションでもあるわけですよね?
「逃げると次のものが作れなくなる。ひとつひとつ、確実にクリアをしていく。逃げないことが次のモチベーションのもとになって、それこそが作品自体をエバーグリーンなものにしていくと思うんですね」
──逃げない、妥協しないってことを続けていくというのは、アルバムを作るたびにどんどん大変なことになっていくということになると思うんですけれども。
「そう。どんどん自分の中のハードルは高くなっていきますから」
──これまでの経験値に頼ったり方法論をトレースすれば楽になる部分はあると思うんですけど、それをしないんですね?
「いままでの経験値に頼れば苦しむ必要はなく、それなりのレベルのものを発表することはできる。でも、自分のためにやっていることなので、それでは納得ができない」
──そうやって自分を追い込むと、不安が生じることがあると思うんですけれど。
「しょっちゅうですよ! 大昔から、子どものときからそうなんですよ。苦悩も多いし、喜びも多い子どもだった。だから、わたしはアーティストなんだと思う」
──じゃあ、ユーミンさんにとって、アーティストとしての喜びってなんですか?
「一番大きいのは、苦しんで作品を作っていて、そこから抜けたときが一番嬉しいですね。楽しくなければ音楽じゃないっていう考え方もあるけれど、その場だけ楽しいのでは続けていくことができないと思うから、わたしは自分を追い込む」
──世間一般の評価が喜びになることはないんですか?
「まず、世間一般の評価っていったいなんだろうというのがあるんですけど、気にならない人はいないと思うんですよ。リリースしたからには聴いて嫌な感じ、不幸になってほしくないですし(笑)。さっきわたしが話した喜びというのは、そういったまわりの評価や数字を凌駕しているという意味でのものなんですよ」
──ユーミンさんは「時代と呼吸することが大事」っておっしゃったんですけど、ニュー・アルバムはすごくいまの時代にあっているといいますか、響くものだと思うんですよ。
「そうですね」
──時間の視野がすごくいいなと思ったんですね。いまだけを切り取っていまを考えるのではなく、いまが成り立つまでの過去も考えることで、これから先のこともイメージできるといいますか……。
「過去のことは大事。単に振り返るということじゃなくてね。わたしは今度のアルバムを作る過程で、新しい過去を手に入れることができたんですよ。“これは一度やったことがあるんじゃないか?”と思っていたことでも、いまの自分が新鮮に感じられれば、自分にとっては新しいことだったりするわけです」
──はい。
「とにかくいまは大変な世の中で、そこで、親の庇護のもとに暮らしているティーン・エイジャーたちだけに向けた音楽を作るのであるなら、とくになにかを考えることをしなくてもいいんでしょうけど、大変な世の中にさらされている中でミュージシャンをやるってことは、世の中の動きは当然ながら無視できないわけです。わたしはすごくファンタジーが好きで、あくまでもファンタジーを歌っていくタイプだと思うんですけど、それを聴き手の方が自分の生活の中におけるリアルと重ね合わせたり、憩いにしてくれたり、なにかお役に立てれば……お役に立とうと思って作ったわけじゃないんですけど、結果、2009年に発表するにふさわしい、大変なことがある人にとって慰めや励ましになるファンタジーが作れたと思っています」
──ファンタジーなんですけど、リアルですよね。いろいろイメージできて楽しいアルバムだと思うんですけど、そこで、アルバムを聴いた人があれこれイメージしているときの時間の豊かさといったらないと思うんですよ。
「そうですね。わたし、暮れにスペインへ行ったんですよ。街のお店はお昼12時ちょうどに閉まっちゃって、3時くらいまでやっていないんです。ブティックの若い店員たちが、バールでワインを呑んでずっと喋っている。日本では有り得ないでしょ。一時間の昼休みで、もちろんワインなんか呑んでられない。でもスペインは違っていて、たっぷりシエスタ(昼寝)する人もいる。わたし、それがほんとうの姿だと思ったんですよ。人生ってお昼休みに好きな話を友達としたり、家に帰って楽しいことをしたり、それが人間の本来の姿なんじゃないかなぁと。豊かだと思うんですよ、すごく。金銭的なことではなくてね」