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第47回
杉山祥子(バレーボール)
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世界中がシドニー・オリンピックの開会式を今や遅しと待っていた頃、杉山祥子は「オリンピックなんて来なければいい、早く終わって欲しい」と願っていた。トップ選手だった両親からバレーボールを勧められたことは一度もなく、自分で選んだ道。本人に2世選手という意識は全くない。 「2世? ピンと来ませんね。まあ、強いて言えば、183cm というこの身長が2世ということなんでしょうけど」。左右の頬に小さなエクボを作って笑った。 そんな彼女にとって、オリンピックは自分とはまるで別世界の遠い存在。NECに入社してからも、意識したことはなかったと言う。それが、シドニー五輪出場権をかけた最終予選でいきなり全日本入り。しかもレギュラー。夢のまた夢だったオリンピックが、一気に現実のものとなった。だが、あと1試合、あと1セットがつかめず、夢は彼女の手からスリ抜けていった。バレーボール選手とは思えぬ、白く、長く、美しい指の間から、一瞬にして。 それゆえ、いくら20世紀最後のスポーツの祭典に世界中の人々が沸き返ろうと、関わりたくない、遠くにいたいと思うのは当然のこと。ところが、開会式翌日、田村亮子が金メダルを獲得したのを知ると、もういても立ってもいられず、練習を終えると食い入るように毎晩テレビを見続けた。 「柔道も水泳も陸上も。サッカー、野球、シンクロなんかも。深夜放送されていたものはもう全部見ていました」 すると、オリンピックも中盤を迎えた9月24日、高橋尚子が女子マラソンで金メダルに輝いた頃から、杉山は思い出したくもなかった五輪最終予選のことを冷静に考えられるようになってきたと言う。 「あの大会のことは、とにかく何も考えたくなかった。早く忘れたかったんです。でも、オリンピックで活躍している選手たちを見て、何だか少しずつわかってきました。オリンピックに出場するチームと、全日本に力の差なんてない。自分たちがシドニーに行ってもおかしくない。まわりからもそう言われましたし、自分でもそう思っていましたけど、あとちょっと、ほんの少しの差だと思っていたことが、実は大きいんだと。やっぱり、自分たちには何かが足りなかったから最後の1点が取れず、オリンピックに行けなかったんだと。ようやくそれがわかったんです」 今後の目標は、NECの「Vリーグ2連覇」。そう答えながらも、すぐさま「最終目標はオリンピック。ここまで来たからには、絶対出場したい」と誓った。そして、「これからは常に世界を意識して戦います。ブロックでもスパイクでも、日本人選手相手に決めて喜んではいられません。どんな時でも、高さとパワーのある外国人選手を想定してやっていきます」と。 正式種目となった1964年の東京大会以来、オリンピック連続出場を果たしてきた日本女子バレーボール界にとって、シドニー大会の出場権を失った痛手は計り知れない。多くのファンが落胆し、関係者はドン底に突き落とされたことだろう。だが、その代償として、21世紀の全日本女子チームを支えるひとりのセンタープレイヤーが、いま大きく育とうとしている。4年後、アテネ・オリンピックに向けて、杉山の戦いが今始まった。 取材・文:宮崎俊哉 撮影:末石直義 |
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●すぎやまさちこ |
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