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第31回
永井雄一郎(サッカー)
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相手ディフェンダーを振り切るスピードと切れのあるドリブル、このふたつを武器に浦和レッズのスターティングメンバーに名を連ねたのは入団直後の’97年の開幕戦だった。その後、マレーシアで行われたワールドユースに出場するなど、順調すぎるほどのプロ1年目。しかし’98年になると途端に出場回数が減り、サテライト暮らしを余儀なくされた。その頃を永井はこう振り返る。「1年目は順調でしたね。ワールドユースもあったり、試合にも出てたんで。でも、2年目になってフィジカル面のキツさをすごく感じました。なかなか試合に出られなくなってサテライトの練習に行ったりしたし。ホントだったらそれが逆だったなって思います。1年目って普通準備する段階なのに試合に出れてたから。その分、いい経験したなとは思いますけど」 しかし転機は訪れる。’98年夏からドイツのカールスルーエSCへ留学。ここで永井は、ドイツ人選手の激しい当たりの中で、プレッシャーを受け続けながらプレイすることを学んだ。たとえはじき返すことができなくても、ボールのもらい方を工夫したり、速さに磨きをかけることでフィジカルコンタクトを避けることはできる。それまで、どちらかというと自分の感情を表に出すことの少なかった永井が、自己主張しないと怒るチームメイトの中で少しずつ変わっていった。 留学中にナイジェリアで行われた’99年のワールドユースは、自身2度目の世界大会。全試合先発で出場し、準優勝に貢献した。相手ディフェンダーを巧みなドリブルでかわし、ゴールの右隅をきっちり狙ったウルグアイ戦のゴールは、ニュースでも繰り返し放送され、一躍永井の名を知らしめた。 「’97年ワールドユースの時は、相手が外国人だとビビっちゃってたりした部分がありましたけど、ドイツに行って慣れたというか度胸がついたと思います。ボクの武器だということはわかっていたけど、昔はドリブルのことばかり言われるのは好きじゃなかったですね。FWやってたからやっぱり得点を取れるFWになりたかったし。でも・・・今はやっぱりドリブルで行きたい感じが強いです。ドリブルで仕掛けていって、それがゴールにつながるようなプレイってのが、試合中にどんどん出るようになればいいと思うんですけど」 「思うんですけど・・・」と言葉を濁すには訳がある。現在、永井のポジションは固定されていない。先日行われた22節のモンテディオ山形戦でも、真ん中のトップ下から右のアウトサイド、左のアウトサイド、フォワードなど、1試合の中で実に4ヵ所のポジションをこなした。 「他の選手に聞くと、中途半端なユーティリティーって一番ダメだから、すべて極めれば? って言われるんだけど、そりゃ、無理だろうって(笑)。今やりたいのはサイドかな。サイドから抜けて正確なクロスを上げられれば点につながるし、ドリブルも活きる。持ち味がドリブルだったら、真ん中ではなかなか難しいと思うし。それに、今シーズンは結構点が取れてるんで、これは今後も続けたい。自分で点を取りたいという気持ちが前よりあります」 J2に降格しても、主力を含めたほとんどの選手が残留したのに加え補強も行った。開幕からケガ人が続出し、固定したメンバーでなかなか戦えなかったレッズだが、選手層の厚さは相当なものだ。全40試合。長丁場だが折り返し地点に来た。絶対的な命題に向かって迷っている暇はない。 「チーム内でポジション争いは確かに大変なんですけど、今年はチャンスは全員にあるし、練習もみんな一緒にやってるし。今年どうしてもJ1に昇格しなければならないのは、みんなもうわかりきってることですからね。」 今はチームも大きな壁と対峙しているかのようだ。しかし、壁はきっと乗り越えられる。そのカギを握るのは、この悩めるドリブラーにちがいない。 取材・文:濱野奈美子 撮影:長塚 健 |
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●ながいゆういちろう |
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