21世紀の骨のあるヤツ

伊達公子、野茂英雄、中田英寿など世界を舞台に戦う選手の出現でおおいに盛り上がった90年代のスポーツ界。21世紀に突入した今、彼らのように大きくはばたく可能性を秘めた未来のスーパースターを直撃!

第79回

秋山準(プロレス)

秋山準 「ボクはやると言ったら、やりますから。口に出した以上、選手生命をかけてでも実現させます」
 秋山準はビッグマウス、リップサービスを嫌う。有言実行の男である。'00年5月、プロレスリング・ノアの大会後、突然「新日本プロレスの永田選手がIWGP王者になったら、挑戦したい。全日本プロレスの三冠王者・天龍さんと闘いたい」と口にした。あの発言から2ヵ月を経った今も、秋山のテンションは落ちない。
「結果的に永田選手はベルトを取れなくて、天龍さんは王座から落ちてしまったけど、『闘いたい』という気持ちは全然変わってません。ベルトについては『あった方が、見ているファンにわかりやすいかな』程度の感覚で言っただけ。ひとりのレスラーとして、純粋に永田裕志選手、天龍源一郎選手と闘いたい」
 気の早いマスコミは、「秋山、新日本に○月参戦」「新日本VSノア、全面対抗戦へ」の文字を紙面に躍らせた。秋山のレスラーとしての思いとは別に、マスコミはその先の団体間抗争を見る。秋山と永田が対決した後、三沢光晴と武藤敬司の頂上対決は時間の問題だとする声もある。もちろん、秋山は対抗戦の切り込み隊長役を買って出たわけではない。
「確かに、ボクの行動が新日本との対抗戦につながるかもしれない。もしノアVS新日本が実現したら、突破口を開いたのは誰かという話になりますよね。両団体にある壁をぶち壊したのはボクであり、永田選手。あとの選手はそれに乗っかっただけ。三沢さんや武藤さんたちのトップの露払いをするつもりもない。トップの選手にはできない、ボクと永田選手だけにしかできないプロレスをするだけです」
 秋山は一度だけ実現した永田との闘いで、自信を深めた。3月のZERO−ONE旗揚げ戦でメインを締めた橋本真也&永田VS三沢&秋山の一戦だ。
「永田選手との闘いは、思わずニヤリとしちゃうくらい楽しかった。バックの取り合いから技の組み立て、技の読み合いまで、頭も体もフル回転。あれだけの流れるような攻防はボクらだから、できたんです」
 デビューは3日違い、年もひとつしか違わない秋山と永田。ともにアマチュアレスリングで培った確かな技術を持ち、試合のコントロールに長けている。両団体で“次期エース”と言われる立場にいるのも同じだ。
「プロレスに対する考え方も、団体でのポジションも同じ。話さなくても、永田選手の思うことはなんとなくわかりますし、共鳴する部分も多い。永田選手とは遺恨もなければ、対抗戦という意識もない。ただ、技術をぶつけ合いたい。だから、闘いたいと思うのと同じくらい、タッグを組みたいという気持ちも強い」
 永田と対峙した時、技術のせめぎ合いを展開した秋山は、橋本と向かい合った時にもうひとつの顔を見せた。橋本の重いミドルキック、ケサ斬りチョップにダウンすることなく、胸を突き出し耐え抜いた。“破壊王”の攻撃を色褪せさせる“受け身のスゴさ”を見せ付けた。
「プロレスはまず、相手を光らせて、自分も光る。それでお客さんを魅了した上で、勝たなければいけない。だけど、橋本さんはボクの色を消しに来た。それなら、こっちにも考えはあります。“破壊王”の色を消すために、あえて受け切った。『格がどうのこうの』と人を見下している相手に付き合う気はさらさらないですから」
 ドキッとする発言をさらりと言ってのけるのも秋山ならではの魅力だ。橋本の破壊力をしのいだ“受けのスゴさ”は古巣・全日本プロレスで培ったもの。秋山は今も全日本の闘いを継承し、思い入れを持っている。だからこその天龍戦となる。
「ジャンボ(鶴田)さんと天龍さんが繰り広げた激しいプロレス、あの闘いを作り上げたのは天龍さんだと思う。天龍さんが作り上げたプロレスを今、ボクらが受け継いでいる。だから、原点を体験しないわけにはいかない」
 技術のケンカと原点回顧。もうひとつ大きな闘いが目前に迫った。ノアの一周年記念大会で「うちにいる素晴らしいチャンピオン」三沢のGHCヘビー級王座への挑戦をぶち上げた。しかも6月、新日本の日本武道館大会で、藤田和之VS永田のIWGPヘビー級戦をリングサイドで見た秋山は、逆に永田を一周年記念大会に招待する。
「これがオレたちのプロレスだよ」
 秋山は、リング上で言葉を超越したエールを送るつもりだ。

取材・文:碧山緒里摩(ぴあ)
撮影:スエイシナオヨシ

プロフィール

●あきやまじゅん
'69年、大阪府生まれ。188cm、110kg。プロレスリング・ノア所属。全日本学生アマチュアレスリング選手権準優勝の実績を残した後、全日本プロレス入り。'92年9月、小橋建太(当時・健太)戦でデビュー。以後、スピード出世で同マットのトップ戦線に食い込む。'00年8月にプロレスリング・ノア旗揚げに参加。

秋山準を知るための30の質問 バックナンバー


@ぴあ