21世紀の骨のあるヤツ

伊達公子、野茂英雄、中田英寿など世界を舞台に戦う選手の出現でおおいに盛り上がった90年代のスポーツ界。21世紀に突入した今、彼らのように大きくはばたく可能性を秘めた未来のスーパースターを直撃!

第75回

宇野薫(総合格闘技)

宇野薫  宇野薫ほどトップファイターとしての自覚がない者はいない。取材当日のやり取りでのこと。
――本日はよろしくお願いします。
「こちらこそ、お願いします。でも、取材するのをボクなんかでいいんですか?」
――えっ……。
「ボクなんか、まだまだ弱いのに……」
 取材を受けるのが、嫌なわけではない。事実、こちらの質問に、ひとつひとつ真摯に対応をしてくれた。宇野は心底「自分なんか、まだまだ」のファイターだと思っているらしい。現在の総合格闘技ブームの火付け役と言える「打つ・投げる・極める」をスローガンに立ち上げた修斗のウエルター級チャンピオンだったにもかかわらず。
「ボクはボクで、自由なスタンスでやらせてもらっています。格闘技の世界にいますけど、自分の中では格闘家という意識はないですね。ただ好きなことを好きなようにやっているだけなんです。ボクは面倒臭がり屋なんで、嫌いなことには一切手を付けない」
 宇野の嫌いなもの。学生時代、数学が嫌いで嫌いでたまらなかったと笑う。
「何パーセント引きというのは、世の中に必要ですけど、エックスの2乗と言われてもねぇ〜(笑)」
 格闘技が好き、練習が好き。宇野は好きなことを好きなようにするためにある決断をした。'00年12月、ウエルター級タイトルマッチで、右フックで“修斗のカリスマ”佐藤ルミナをKO。衝撃の結末の余韻が醒めやらぬリング上で、宇野はタイトル返上をマイクアピールした。 突然の宣言の後、宇野は精力的に動き回る。カウントダウンイベントの猪木祭りでプロレスを、翌年の2月には米国に渡り、“元祖・何でもありの戦い”のUFCでオクタゴン(金網に囲まれた八角形のリング)を初体験。5月には寝技の世界一決定戦と呼ばれるアブダビコンバットに3年連続出場を果たす。そして、6月自身がプロデュースするコンテンダーズで高校時代の大先輩であり、格闘技界での大先輩・鈴木みのるとタッグで激突する。宇野はベルト返上宣言から激動の半年間を過ごした。
「あっという間でしたね。自分でもこんなにいろんなところで闘えるなんて思ってませんでしたから。ボクがやりたいように自由にやらせてくれる、団体に感謝しています」
 半年間で5つのリングに上がった宇野。キックボクシングとボクシングが別競技であるように、打撃が認められるか否かで、その格闘技は別物とになる。ルールの壁を越えて闘うことは、格闘技界では考えられない離れ業だ。
「ボクにとっては違うという意識はないですね。闘いというものは、根本的には一緒ですから。それに練習も一緒です。どこどこのリングに上がるから、こういう練習をしようというのはないです。普段通りの練習、普段通りの闘いです」
 普段通りの練習。宇野はここが、他のファイターと違う。あらゆるところに出稽古に向かっている。
「高田道場さんでは、桜庭(和志)さんにスパーリングの相手をしてもらったりしています。桜庭さんはグラウンドをコントロールするのが、すごくうまいし、フェイントもすごく上手なんで勉強になります。あとは、高校の大先輩で、世界チャンピオンだった大橋(秀行)さんのジムで、我流だったパンチを直してもらっているんです。ボクシングをやるわけではないんで、あくまで総合格闘技に生かせるようなパンチの練習ですけど。」
 出稽古は甘えられない環境で、限界以上のトレーニングをするのに最適だと言う宇野。もうひとつ、出稽古ならではの利点がある。スパーリングだ。
「慧舟會では、パートナーが限られるじゃないですか。出稽古に行けば、いろんな人とスパーリングができる。この経験が大きいんです。スパーリングした人数が多ければ多いほど、試合になった時『あっ、こういうタイプの人がいたな、こんな癖を持っていた人がいたな』って当てはめていけるじゃないですか。そうすれば、相手がトリッキーなことを仕掛けてきても、パニくることはないですから」
 対戦相手と、あるスパーリングパートナーのファイトスタイルが、当てはまった時、宇野は言い得ぬ喜びを感じると言う。
「ボクにとって試合は、練習の成果を見せる場なんです。『強くなりたい、勝ちたい』という気持ちももちろんありますけど、とにかく練習の成果が試合で出せるかどうかなんです。それにプラスしていい試合ができたら最高」
 宇野はリングに向かう意識も高い。
「亡くなったウチの親父からプロ意識について口うるさく言われました。『1円でもお金をもらっている以上プロなんだ、しっかりやらないとダメだぞ』って。だから、プロのファイターとして練習で妥協しない。試合では守りに入らない」
 だから、宇野の試合は面白い。ガードをガチガチに固めて引き分け狙うようなことはしない。攻撃に入る時のリスクに臆病にならず、アグレッシブに一本勝ちを狙いにいく。リスクを背負っての攻撃を続ければ、時には敗戦することもある。それでも、宇野は攻める。ファイターとしての自覚がない宇野は、トップファイターとしてこれ以上ないほどのプロ意識を持つ。

撮影:中川彰

プロフィール

●うのかおる
'75年、神奈川県生まれ。170cm、73kg。和術慧舟會東京本部所属。'96年10月、修斗マットにてプロデビュー。'99年5月、佐藤ルミナとの修斗ウエルター級王座決定戦を制す。'00年12月、同タイトルマッチで、再び佐藤を下した直後、ベルト返上を宣言。以後、米国のUFC、自身のプロデュースするコンテンダーズを中心に、あらゆるリングで活躍する。

宇野薫を知るための30の質問 バックナンバー


@ぴあ