久保康友

くぼやすとも●'80年、奈良県生まれ。181cm、82kg。右投げ右打ち、投手。関大一高時代の'98年、選抜決勝で松坂大輔(当時横浜高、現西武ライオンズ)と投げ合い、0対3で敗れ準優勝。松下電器を経て、'04年ドラフト自由枠でロッテに入団。6月には3勝をマークし、月間MVPを受賞した。今季の成績は12試合に登板し、8勝1敗、防御率2・35(7月28日現在)。

第263回
久保康友(プロ野球)

 
 
久保康友を語る上で、外せないキーワードがある。“松坂世代”――西武ライオンズの松坂大輔、福岡ソフトバンクホークスの和田毅、杉内俊哉、新垣渚、読売ジャイアンツの木佐貫洋などだ。ライバルたちが華々しい活躍を見せていった一方、“最後の大物”はノンプロの世界で埋もれかけていた。
  関大一高時代の'98年、久保は春の選抜決勝で松坂と投げ合い、準優勝を果たした。翌年、社会人の松下電器に進む。だが、ここからイバラの道が始まった。
  ノンプロの名門チームにあって、チャンスは少なかった。2年目の'00年には疲労の蓄積により、ボールを握れない日々が訪れる。
「都市対抗前の大事な時期でした。エース的な存在ではなく、高卒2年目でアテにはされていなかったけど、ひとり脱落して野球を外から見るのは寂しかった」
  2週間ほどピッチング練習をストップすると、自然と痛みは消えた。しかし、辛い時期は続く。社会人3、4年目、選抜準優勝右腕は野球人生のどん底まで落ちた。
「公式戦は当然、オープン戦でもほとんど投げさせてもらえなかった。松下はピッチャーが良かったから。自分でも『ああ、嫌だなあ』と思ってしまい、正直、練習もあまりしていませんでした(笑)。練習もしない、やる気もなく、技術的にどんどん下がっていった」
  高校時代、頂点まであと一歩と迫ったほどの投手だけに、周囲の期待は尋常ではなかった。良かれと思いアドバイスを送り、「同級生が頑張っているんだから」と発奮させる。しかし、久保は反発する一方だった。
「3、4年目までは、周りからいろいろ言われて自分の実力を出せなかった。萎縮して投げていました。周りを気にしながら、『また何か言われるんじゃないかな』と。野球をやっているんだけど、周りの目を気にしている。対バッターではなく、対ベンチ。『どう映っているかな?』と周りの評価を気にして、ほとんど野球をしていない状態でしたね」
  心技体。すべてが揃わないと、活躍することはできない。メンタル的に追い込まれていた久保は、持てる力をまったく発揮できなかった。そして4年目のシーズン途中、遂に覚悟を決める。
「『今年で野球するのも終わりだな』と、覚悟しました。それでいろいろ考えて、会社の仕事も真面目にやるようになりました(笑)。それプラス、野球を嫌いになりたくなかった。それまでは野球を嫌々やっていたけど、やっぱり心底好きだったもので」
  崖っぷちに自らを追い込むと、久保は覚醒の時を迎えた。特に技術的なことを変えたわけではない。精神的な開き直りが、才能を開花させた。
「周囲からの雑音を一切シャットアウトして、『ボクはボクですから』と1から自分の好きなようにやろうと考えた。そこから変わりました、一気に」
  '04年秋、ドラフトが迫る頃には、“松坂世代最後の大物”と注目されるピッチャーになっていた。そして千葉ロッテマリーンズに自由枠で入団し、初先発初完封、29回連続無失点、6月の月間MVP受賞と破竹の快進撃を見せている。
「プロに入ったけど、何年できるかわからないじゃないですか。頭から体を全部使って、自分のすべてを出し切る。とりあえず『悔いを残さないように精一杯やる』という意識でやっています。年齢的にも入ってきたのが遅かった。社会人4年目で野球をやめているという意識があるので、プロで投げられるのはラッキーだという気持ちもある。今の自分は、もともとなかったものだという気持ちが正直あります」
  高校時代の準優勝から一転、ノンプロでは野球をやめることも考えた。だからこそ、久保には「1度死んだ者の強さ」がある。
「どんなピンチが来ても、『もう、(1度)野球をやめているから』と開き直れます。別に、調子が悪くなって二軍に落ちたとしても、今はプロの世界で野球をやれているわけですから。そこから自分のやるべきことをやって、這い上がればいい。力がなければ、ただそれだけという感覚ですね」
  自己を把握することで、久保は持てる能力を発揮できるようになった。それゆえ、新人王最有力候補に挙げられる活躍を見せても、貪欲に成長することのみを追い求めている。
「エース級とはほとんど対戦していません。5月に井川(慶/阪神タイガース)さんと対戦した時は、きっちり完封されていますから(笑)。各チームの4、5番手ぐらいと対戦して、結果的には8勝1敗。直さん(清水直行)と勝ち星的には変わらないけど、全然価値が違います。外から見ると8勝という形ですが、ボクから言えば所詮4、5番手ぐらいのピッチャーの8勝。直さんのように、1、2点差を争っての8勝ではない」
  久保の目標は、「精神的にキツイところを任されるようなピッチャー」だ。つまり、マリーンズのエースになることであり、松坂、杉内、和田らと投げ合うことである。もちろん、その上で勝つ。
  栄光を掴みかけながら、挫折を味わった。ユニフォームを脱ぐ覚悟を固めたからこそ、中途半端では終われない。25歳のルーキーはプロ野球界の頂点を見据え、腕を磨き続ける。

取材・文:中島大輔(ぴあ)
撮影:大崎聡


久保康友を知るための30の質問
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