21世紀の骨のあるヤツ

伊達公子、野茂英雄、中田英寿など世界を舞台に戦う選手の出現でおおいに盛り上がった90年代のスポーツ界。21世紀まであと1年となった今、彼らのように大きくはばたく可能性を秘めた未来のスーパースターを直撃!

第18回

前田桂子(柔道)

前田桂子「監督やコーチからは、もう“元チャンピオン”って言われてますから。気負いなんて全くありません。全日本選抜体重別選手権では絶対に負けないで、オリンピックに行きます」。
 昨年10月、イギリスのバーミンガムで行われた世界選手権63kg級で優勝したチャンピオン・前田桂子は、笑顔で力強くそう語り始めた。世界選手権の代表選考を兼ねた全日本選抜体重別選手権で初優勝。’98年に全日本ジュニア、世界ジュニア選手権で優勝しているとはいえ、シニアレベルの大会での優勝は初めてのことだった。まさに彗星のごとく現れたシンデレラは、本番の世界選手権でもオール1本勝ちで金メダルをつかみ、1本勝ちの一番多い選手に与えられる“1本トロフィー”も獲得した。
「びっくりしました。自分が世界選手権で優勝できるなんて。大会当日は絶好調だったので、試合中は何にも考えなくても、スンナリ体が動いて、気がついたら勝っていたという感じ。逆に、試合中あれこれ考えている時はダメですから」
 帰国すると、実家や自宅の電話は鳴りっぱなし。話をしたこともない同級生や遠い親戚からお祝いの言葉をもらい、街を歩けば見ず知らずの人からも声をかけられた。そんな状況が続けば、奢り昂り、イイ気になるなと言う方が無理かもしれない。
 だが、前田は決して自分を見失なうことはなかった。世界選手権から帰国直後に行われた団体戦でも、バーミンガムで見せた豪快な柔道を国内のファンに披露した。残り1年を切ったシドニーオリンピックまで、一気に駆け上がると、本人はもちろん、誰もがそう思った矢先、人生最大の悲しみが襲った。最愛の父の死だ。
「生きている間に世界選手権の金メダルをかけてあげることができましたから」と言うが、オリンピック出場を誰よりも楽しみにしてくれていた父を亡くしたことは、娘にとって計り知れないショックだったろう。
「気持ちの整理がつかないというか、自分自身がどこかに行ってしまったようでした」
 練習もままならない状況で出場した12月の福岡国際大会では、前田らしさは少しも見られず、3位に入るのがやっと。しかし、この屈辱的な成績こそが柔道家・前田桂子をさらに強く、大きく成長させた。
「悔しかったですよ。でも、もう今はいい試練だったと思えるようになりました。自分の良さは、どんな場面でも気持ちの切り替えが早くて、くよくよしないこと。それと、最後まで絶対に諦めない粘り。あの敗戦で改めて確認することができました」
 こどもの頃の夢は、有名人になること。小学校では、授業中にサインの練習ばかりしていたと言う。そんな女の子が、テレビ・アニメの『YAWARA!』を見て柔道を始めると、夢はオリンピックへと変わっていった。そして、その夢は自らの力で勝ち取った世界選手権優勝によって、大きく引き寄せられた。
 オリンピックまで、あと5ヵ月。前田桂子は、シドニー柔道会場の青畳に、父とふたりのでっかい夢を描こうとしている。

取材・文:宮崎俊哉
撮影:末石直義

プロフィール

●まえだけいこ
'80年、兵庫県生まれ。161cm、63kg。筑波大3年。高校1年で「高校選手権」2位、2年で優勝。'99年「全日本体重別選手権」優勝。「世界選手権」ではオール1本勝ちで金メダルを獲得。

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