かわじりたつや
'78年、茨城県生まれ。170cm、76kg。総合格闘技TOPS所属。中学では野球部、高校では陸上部に所属。大学2年の時、桜井“マッハ”速人に憧れて総合格闘技を始める。'99年、アマチュア修斗ウェルター級で優勝を果たす。'01年、中山巧(現タクミ)戦では黒星デビューを喫し、その後1年間肉体改造に取り組む。復帰後は連戦連勝、'02年度新人王に輝く。修斗戦績10勝2敗1分。修斗ウェルター級世界2位。

第211回
川尻達也(総合格闘技)

「王者と闘いたい」。
 男の闘争心に火を点けたのは、凱旋帰国を果たした元ウェルター級王者のこのひと言だった。
「正直ムカつきましたね。修斗の熾烈な生き残り競争の中で、ここまで勝ち抜いてきたというプライドがボクにはありますから。『ナメるなよ、だったらまずはオレと闘え』という気持ちですよ」
 デビューして丸4年、川尻達也はウェルター級世界2位まで駆け上った。“ベルトにもっとも近い男”を自負する。いくらUFCで活躍し、修斗マットに舞い戻ってきた宇野薫の要求とはいえ、自分を差し置いてのタイトル戦を認めるわけにはいかなかった。元王者のいない3年間、ウェルター級戦線を盛り上げてきた。だが、川尻は怒りにまかせ、自分を見失ったりはしない。ファンから見た“川尻達也”の立ち位置をしっかり理解している。
「ボクは現王者に一度負けていますからね。『挑戦したい』と、ひとりで喚いてるだけではお客さんも納得しないでしょう。周囲を黙らせるには、人気も実力も兼ね備えた宇野さんは格好の相手。KOか一本でねじ伏せて、ボクの実力を証明したい」
 忘れもしない。あれは'02年12月、東京ベイNKホールで行なわれたランキング戦のことだ。この年、クラスA昇格を果たし、ダントツの強さで新人王にも輝いた川尻は、現ウェルター級王者、ビトー・“シャオリン”・ヒベイルと対戦した。ランキング上位進出を狙うにはもって来いの相手である。しかし敵はブラジリアン柔術世界大会を3度制覇したことのある“グラウンドの鬼”だ。得意のテイクダウンこそ奪ったが、寝技ではまったく付け入る隙がない。結局、判定に持ち込むのが精一杯だった。
「ボクはもともとグラウンドが好きで、自信を持っていたんです。でもシャオリンには、逆に寝技で圧倒されてしまった。もっと攻撃の幅を広げなければいけないと、その時気付かされたんです」
「今からどんなに寝技を練習したところで倒せるわけがない。1、2年経ってもシャオリンはさらにグラウンドを磨いている」と弱音を吐くほど、レベル差をまざまざと見せ付けられた。だが、敗北を受け入れるわけにはいかない。勝利のために川尻は、新たな武器を磨く選択を下した。
「寝技だけでは相手にとって恐くないんですよ。でも打撃があれば、一発で流れを変えてKOもできる。あの試合がきっかけですね、打撃の必要性を強く感じたのは」
「寝技と打撃」――この2本の剣を手に入れたサムライは翌年、確実に進化を遂げていく。デビュー戦で完敗したタクミ(パレストラ大阪)をTKOで葬り、UFC常連のハードパンチャー、イーブズ・エドワーズを完封するなど、連勝を重ねていく。グラウンドで鍛えた背筋がパンチ力を生む。生まれ持った打撃センスもあったのだろう。いつしか川尻は“クラッシャー”の異名を取るほどの修斗を代表するパウンダーに成長した。離れては破壊力抜群のパンチを打ち込み、組めばすかさずテイクダウンを奪う。時には寝技で締め上げ、あるいはパウンドで敵の闘争心を摘み取る。ひとつずつ死角を潰して生まれた“何でもできる”川尻のスタイルを確立した。
 挫折を糧に日本人最上位ランカーとなった川尻にとって、王者はもう手の届く位置にいる。しかし、彼の野望はベルト奪取だけに留まらない。
「外国人が台頭してきた現在、日本人であるボクが修斗を守りたいという思いが強い。お客さんも、日本人の活躍を期待していると思うんです。今後はウェルター級で強いと言われる外国勢をボコボコにして、心をへし折って勝ちたい」
 宇野戦もシャオリンへのリベンジも、“世界最強”への足がかりに過ぎない。修斗で勝ち上がってきた自負と頂点への思いは、川尻達也のスパッツに込められている。リングに向かう戦闘衣には、日の丸が縫い付けられている。「日本を代表して世界と闘うのはオレだ」。“日の丸スパッツ”が、川尻達也の強烈な自己主張を代弁する。

取材・文:隈元大吾


川尻達也を知るための30の質問
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