滋味深い、いくつもの“貌”を持つ人だった──。
その名は原田芳雄。生涯、見事に人生を遊び、良き仲間たちと戯れ続けた男。
まず彼がスクリーンに登場したとき、“日活ニューアクション”と呼ばれた映画群があった。描かれるのは自由を希求し、だが内面は焦燥した、若者たちの無軌道な行動。はたまた反権力気分から生まれる遊戯感覚。それは60年代後半、70年代初頭のいわゆる“アメリカン・ニューシネマ”と並ぶムーブメントで、勧善懲悪の世界に背を向けた、アンチヒーローによる生々しい欲望をフィルムに刻んだジャンルであった。
若き原田芳雄が主演した
『反逆のメロディー』(70)は、まさしく“日活ニューアクション”の代表作である。解散したヤクザの元幹部という役柄だが、長髪、サングラス、素肌に上下ジーンズ姿でジープを乗り回すカッコ良さ、時代の閉塞感と旧体制への怒りの中でもがき、前のめりに倒れていくアウトローの眩しさは、それまでの日本映画になかったものだった。
数年後、インディーズの牙城、ATG(日本アート・シアター・ギルド)が製作・配給した
『竜馬暗殺』(74)に主演、“アウトローとしての坂本龍馬”を体現したのは当然の流れであったろう。ここで出会った黒木和雄監督とは、続いて青春映画の傑作
『祭りの準備』(75)を発表。一生、田舎町から抜け出ることのできない男の哀しさを演じて、役者・原田芳雄のターニング・ポイントとした。黒木監督は自著『私の戦争』(岩波ジュニア新書)に、「原田さんは心のどこかに自分はダメな人間なのだと思っているふしがあり、同じような劣等感を抱えている私も共感したのでした」という言葉を残している。そう、骨太なだけではない、人間的な、あまりに人間的な魅力。実際、映画のイベントで、また、インタビューの席で目の前にした彼は、無頼派スターのイメージからは遠く、来る者を優しく受け入れ、「この人、本当に人間が好きなんだなぁ」と思わせた。
黒木監督とは
『TOMORROW 明日』(88)、
『美しいキリシマ』(02)、
『父と暮らせば』(04)の「戦争レクイエム三部作」まで、生涯の付き合いになったが、それは特別なことではなく、多くの名監督たちと盟友関係になり、望まれればいつも期待に応えた。例えば、鈴木清順監督と組んだ
『ツィゴイネルワイゼン』(80)、
『陽炎座』(81)、
『夢二』(91)の大正浪漫三部作。清順監督のアナーキーさが、役者としての“遊戯精神”を倍加させ、そのパンキッシュな姿勢が、清順映画の“自由度”を拡大させた。言うなればかような化学反応が、どの作り手とのあいだにも、あった。
昨年、嬉しいことに絶版だった原田芳雄のエッセイ集『B級パラダイス 俺の昨日を少しだけ』(ベストセラーズ)が復刻されたのだが、これは名著である。少年時代から歌が好きで、美空ひばりとジョニー・マチスとエルヴィスに心奪われ、落語にもゾッコン、5代目古今亭志ん生を“心の師”としていたプライベートの素顔も滲み出ていて、読んでいて楽しい。
本当に、歌が好きだった。映画の中でも時おり、唄っていた。藤田敏八監督の
『赤い鳥逃げた?』(73)におさめられた「愛情砂漠」の名唱。若松孝二監督の
『寝盗られ宗介』(92)ではクライマックス、女装姿で越路吹雪さながらに「愛の讃歌」を熱唱していた。かつて、75年1月19日、新宿厚生年金会館大ホールにて「歌う銀幕スター 夢の狂宴」という一夜限りのコンサートイベントが行われ、渡哲也、菅原文太、宍戸錠、藤竜也、桃井かおり……といった錚々たるスターが出演したのだが、原田芳雄はギターの弾き語りで「プカプカ」「早春賦」、小野満とスイングビーバーズの演奏を加えて「黒の舟唄」の3曲を披露した。彼は文字通り、“歌う銀幕スター”でもあったのだ。
しかもそれは俳優の余技などではなく、本格的なブルース・シンガーの活動となり、『LAST ONE』『原田芳雄“BLUE”横浜ホンキー・トンク・ブルース』『オールド・ドッグ』などのアルバムに結実した。野太いがあの艶のある、エモーショナルな歌声。「横浜ホンキー・トンク・ブルース」「レイジー・レディー・ブルース」「待ち呆けのブルース」、荒木一郎とデュエットした「ミッドナイトブルース」……ブロコル・ハルムの「青い影」や美空ひばりの「りんご追分」、西岡恭蔵の「プカプカ」のカヴァーも絶品だった。ちなみに、原田芳雄はジャンルを超えて無数のアクター、ミュージシャン、クリエイターたちに多大な影響を与えたが、『竜馬暗殺』『陽炎座』で共演、「横浜ホンキー・トンク・ブルース」をカヴァーした松田優作も「その魅力にヤラれ、リスペクトしていた」ひとりである。
きっと、後年の原田芳雄の理想は、美空ひばり+古今亭志ん生の「芸」だったに違いない。年輪を重ね、まろみを帯び、歌のコクはいっそう深みを増し、思いもよらぬコメディ演技で自己更新していき、深夜の大人のオアシス的番組『タモリ倶楽部』では喜々として“鉄道マニア”である姿を見せていた。映画では
『花よりもなほ』(06)、
『歩いても歩いても』(08)、
『奇跡』(11)と、是枝裕和監督との手合わせが、毎回素晴らしかった。
そして
『大鹿村騒動記』(11)。
『どついたるねん』(89)以降、最も原田芳雄と深く関わってきた阪本順治監督は公開前、「出演者ひとりひとりの遊び心を逃がさないように撮るのが勝負だった」と語っていた。その“遊び人”たちの座長が、原田芳雄であった。生涯、見事に人生を遊び、良き仲間たちと戯れ続けた男──。
あなたのことを、我々は、決して忘れない。
文:轟 夕起夫