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演劇・ミュージカル 「レインマン」
「レインマン」
 
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トム・クルーズがかけていたレイバンが世界的にバカ売れし、ダスティン・ホフマンの飛行機事故のくだりが機内上映でカットされ話題になり(※)、そして世界中の名誉ある映画賞を総なめにした、あの『レインマン』が世界で初めて舞台化される。考えてみればこの映画は、まずもってロードムービーだから演出が難しいし、台詞量が半端じゃないから役者に苦行が強いられるし、しかもアカデミー賞を4つも獲得してしまった傑作映画ということで、はなから眼前に高い壁がそびえ立つ。こんな三重苦作品に臨むのは、ちょっと面倒臭い…、ってことで今まで挑戦者が現れなかったのかもしれない。でもそんな根気と勇気のいる挑戦を、演出家の鈴木勝秀と、役者の椎名桔平&橋爪功が今回買って出た。製作発表で「おおいに期待して下さって結構です。」と力強く応じた演出家スズカツの腕が鳴る。

≪戦略その1 トム・クルーズ&ダスティン・ホフマンを超える≫

言うまでもなく映画版では、車ディーラーで利己的ヤッピーのチャーリーをトム・クルーズが演じ、素晴らしい数学的記憶力を持つ自閉症の兄レイモンドをダスティン・ホフマンが演じた。ちなみに映画製作の初期段階ではチャーリー役は56歳の設定で、ホフマンが扮する予定だったとか。だが彼は兄レイモンドを演じることを渇望し、しかも最初のレイモンド候補=ジャック・ニコルソンが役を断ったことから、トム(当時26歳)&ダスティンのコンビに落ち着いた。
ほぼ全篇この二人の会話のみで進行する本作に、今回は椎名&橋爪が挑戦する。ちなみにチャーリー役に関しては椎名が演じることで年齢設定が上がるため、スズカツが細部に渡って脚本を改訂。職業も車ディーラーからネットトレーダーになるとか。心の奥底に固い孤独の塊を持ちながらも自信満々に振る舞うチャーリーは、男っぽくも繊細な雰囲気を醸す椎名にはピッタリの役だろう。また橋爪功にとっても今回のレイモンド役は、かつてない難関になるはず。だが緩急自在な存在感に変貌してみせる叩き上げの舞台役者である橋爪なら、自閉症のレイモンドの無表情の裏側に隠れる小さな炎の揺らめきを体現してくれるに違いない。

≪戦略その2>翻訳劇の違和感を切り崩すスズカツ演出≫

多くの場合、翻訳劇は観るものを構えさせる。聞き慣れない固有名詞に、親しみの薄い設定。白飯&みそ汁で育ってきた自分をいったん捨てて、米国人ならこう振るまうのだろう、英国人ならこう観るのだろう、という西洋メガネをかけた上で舞台に臨まなければいけない。だが演出家スズカツの凄いところは、その観客のメガネを取っ払ってしまうところにある。ちょっと早く家を出て渋谷の町やなんかをササーッと歩き回って買物を楽しんで、あー劇場に着いた着いた、って腰を客席に据えて幕が開けば、その渋谷トーンのまま舞台の世界に知らずのうちに没入。そのように近年の彼の演出作は、『ベント』でも『ダム・ウェイター』でも『ドレッサー』でも、翻訳劇であることを格別意識することがなかった。つまりスズカツの作る翻訳劇は、現代の東京と地続きなのだ。その重すぎず軽すぎず、スノッブすぎず砕けすぎず、ちょうど良い温度で劇場に流れる”今の空気”が心地いい。今回の『レインマン』でも、80年代後半のバブル期絶頂に流行ったメガヒット映画とはまた違った”今の空気”の舞台を、作り上げてくれるに違いない。


文:岩城京子

※飛行機事故:レイモンドは何年にどこで、どの航空会社の飛行機が事故にあったかを次々と言って、飛行機での移動を嫌がる。


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