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演劇・ミュージカル
「哀しい予感」                          (up 2006/12/26)
「哀しい予感」

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長編デビュー作『鉄男』(’89)以来、世界の映画シーンに衝撃を与え続けている映像作家の塚本晋也が、実に20年ぶりという舞台の演出に挑む。彼が選んだのは、出版当時から惚れ込み、何度も読み返してきたというよしもとばななの初期の名作、『哀しい予感』。平凡な家庭に生まれ育った19歳の弥生が、ある記憶をたどりながら、やがて現れる痛みを受け止め、享受するまでを、静かな筆致で綴る物語だ。キャストには弥生に市川実日子、その弟の哲生に加瀬亮という、どちらも映画をメインに活躍中のふたり。身体感覚の変容を先鋭的に描く一方、1月公開の『悪夢探偵』等では“記憶と意識”の領域に迫る塚本が、市川、加瀬ら生の肉体を通して、よしもとの作品世界とどうリンクするのか。塚本の新たな魅力を発見出来ること必至の舞台だ。


≪the Point-1【旅の途中】≫

今回の舞台化に際し改めて発行された文庫版のあとがきで、著者自らが「大好きな作品」と述べている『哀しい予感』は、’87年『キッチン』で文学界に登場し、内外から注目を集めていたよしもとがその翌年に著した作品。よしもと文学に特徴的な、家族の喪失感や日常に潜む死の匂い、近親相姦なるものや超常現象などが、この小説の中に凝縮されて存在する。物語は家族と平穏な日々を過ごす19歳の弥生が、若く美しいが変わり者のおば・ゆきのとの記憶に引き寄せられてゆくさまと、弟・哲生との感情の行き来とを、繊細に織り交ぜながら進む。メインキャストである弥生を演じる市川実日子と哲生役の加瀬亮は、本格的な舞台経験は本作が初。キーパーソンとなるゆきの役に舞台経験を持つ藤井かほりが扮し、ふたりの脇を固めるが、『東京フィスト』(’95)、『HAZE』(’06)で塚本の作品に参加した藤井だけでなく、『とらばいゆ』(’01)で俳優としての塚本と共演経験のある市川、『玉虫』(’05)で塚本映画に初出演した加瀬、共に、演出家と出演者間の意思疎通は磐石の様子。公開待機中の映画『世界はときどき美しい』(市川)や、『それでもボクはやってない』(加瀬)のほか、多くのスクリーンでナチュラルなたたずまいを見せる彼らが、それとはある意味真逆の身体能力を求められる“舞台”に立つ本作。見逃す手はない。


≪the Point-2【遠い記憶】≫

ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞した『鉄男』(’89)のほか、’02年には『六月の蛇』でヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞を受賞、新作『悪夢探偵』でもローマ国際映画祭、釜山国際映画祭に参加と、世界からその動向が注視されている映像作家・塚本晋也。今回20年ぶりの舞台演出ときいて、彼がかつて芝居をやっていたことに驚いた映画ファンもいるかもしれない。塚本が映画製作や企画をする際に、演劇集団「海獣シアター」の名を表記することは知られているが、これが実は88年にぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞するきっかけとなった演劇母体。85年に結成、上演した3本の芝居はスペクタクル活劇系だったというから意外な気もするが、これは当時(80年代)の演劇潮流を鑑みればありえることだろう。その後、『鉄男』から始まる一連のフィルモグラフィーで主戦場を映像に移し、身体感覚の変容とそれに伴う痛みを描き続けながら、一方で『ヴィタール』(’04)や『悪夢探偵』等、“記憶と意識”の領域にも拘り続けてきた塚本。だからこそ、梅田芸術劇場が贈る<映画監督舞台演出シリーズ>としてオファーされた際、彼が“遠い記憶”をモチーフとした『哀しい予感』を演目に選んだのは、自然な成り行きだったともいえる。稽古場取材では、「ずっと映画化したいと思っていたけれど、今ではむしろ映画より演劇のほうがぴったりという気がしています。」と語った塚本。その欲求の帰結を、興味をもって見守りたい。


≪the Point-3【血の関係】≫

塚本晋也とよしもとばななが形作るインナーワールドを内側から支えるのがキャスト達だとすれば、外側からその輪郭を明確にするのがスタッフ陣。森の中に建つゆきのの一軒家や、弥生と哲生が泊り込む軽井沢の別荘など、部屋の内部については映画セットさながらに細かく作りこむ予定とか。また今回、衣裳担当として名を連ねているのが、人気スタイリストの安野ともこ。市川実日子も出演していた’03年のドラマ『すいか』での少しレトロでガーリーなスタイリングは、ドラマ自体が持つ魅力に絶妙なスパイスを与え、同ドラマヒットの一因となった。また安野&市川とくれば、いわゆる“オリーブ世代”にはたまらない組み合わせ。本作の衣裳についても、もちろんお楽しみに。
さらにサウンドデザインは元東京グランギニョル主宰の飴屋法水が担当。退廃的かつ絶対的な美の観念から繰り出されるステージングが80年代の伝説となっている飴屋だが、塚本もそんな飴屋に感銘を受けたひとりだという。現在は美術家として活動する飴屋自身、著者のよしもととは長い付き合いなのだとか。「普段は会わないんだけど気持ちはつながっているファミリーというか。信頼できる者同士で作り上げているような芝居。」(塚本)との言葉は、そんな“同じ血を持つ関係”を指すのだろう。それゆえに作り上げられることが可能となったアナザーワールド。まさに至福といえる数時間を、観客はこの舞台で味わえるはずだ。


文:佐藤さくら





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