【演劇・ミュージカル ≪舞台のツボ≫】 (up 2004/11/24)
「悪魔の唄」
 三池崇史が舞台初演出した「夜叉ヶ池」の脚本、翻訳劇「ピローマン」の演出と、今年後半は話題の外部公演が続いた長塚圭史。一足飛びで力をつけている彼が、本拠地である阿佐ヶ谷スパイダースで約1年ぶりの公演を行なう。しかも新作、書き下ろし。出演者は中山祐一朗、伊達暁というスパイダースメンバーに加え、山内圭哉、小島聖、池田鉄洋、伊勢志摩と、スパイダースは経験済みの同世代俳優が集結。そこに、日本のシェイクスピア俳優として知られる吉田鋼太郎が参加する。このひねり具合に、一筋縄では済ませない長塚の戦略がありそうだ。「悪魔の唄」というタイトルと、横溝正史チックなチラシのデザインからは、いかにもホラーが連想され、実際、ゾンビが登場するというが、完全なホラーとは言い切れない、さまざまな面を持つ話になるらしい。長塚が自分の書きたいもの、描きたい世界を最大限出しきる、スパイダース公演。純度100%の長塚ワールドは、ここでしか体験できない。

≪この舞台のツボ [1] ダメな吉田鋼太郎≫

もともとシェイクスピア・シアターに在籍し、その後、東京壱組を経て、現在は劇団AUNに在籍。59年生まれで役者として長いキャリアを持ち、高い演技力に定評はあったが、その名を広く知らしめたのは、やはりここ数年の蜷川幸雄との仕事だろう。特に今年1月、戯曲が暗くて難解なため世界でもめったに上演されない「タイタス・アンドロニカス」で主役のタイタスを見事に演じきり、名実ともに"日本のシェイクスピア俳優"ナンバーワンとなった。さらに今年、日本とギリシャで上演されたギリシャ悲劇「オイディプス」、また、現在、新国立劇場で上演中の「喪服の似合うエレクトラ」と、硬派の翻訳劇で多く活躍している。実際の身長(174cm)より大きく見える恰幅の良さ、堂々とした低音の声もあって、これまでは、強く頼れる男を演じることが多かった。長塚とは03年の「奇跡の人」で共演して意気投合、以来、一緒に仕事をする機会を待っていたという。今回、長塚は吉田に今までのイメージを一掃し"ダメで悩める中年男"の役を書くとか。これはなかなか興味深い。

≪この舞台のツボ [2] 兵隊で、ゾンビ!?≫

「悪魔の唄」の舞台となるのは、かつて戦地となり、今はリゾート地となっている、南の島。そこへ、精神を病んだ妻の療養のために引っ越して来た夫婦が、戦争中に死んだ若者と出会うことから話は始まる。その若者がゾンビ。なぜ亡霊や幽霊でなくゾンビかといえば、長塚が非常に怖がりで「亡霊や幽霊だとリアルだが、ゾンビだと少し笑えるから」という理由から。そんなわけで、ホラーの要素を含みつつも、完全に恐怖には走らない(走れない?)、どうやら笑いの要素も多い作品になりそうだ。残酷、シニカル、暴力性が渦巻きながら、ユーモアとセンチメンタルがつかず離れずあるスパイダースだが、そこに戦争と現代の問題やゾンビが絡んで、どんな風変わりな景色を見せてくれることだろう。

≪この舞台のツボ [3] 本当に好きな人と≫

今回の客演は、吉田以外、スパイダースに出演経験ありと先にも書いたが、ただ仕事をしたというより、かなり感覚的にフィットした、長塚が信頼できる人だけを集めた感がある。山内は、パルコプロデュースで、長塚が作・演出した「マイ・ロックンロール・スター」に出演後、長塚が「大好きな役者さん。ぜひスパイダースでも芝居をしてほしい」と「みつばち」に誘い、小島は一昨年の「ポルノ」以降も長塚と交流が続き、伊勢は「何を考えているのかよくわからない、すごくおもしろい女優さん」と長塚が白羽の矢を立てて「みつばち」に誘い、池田に至っては「日本の女」「はたらくおとこ」と3作目の出演となる。本当に気の合う役者を集まる利点は、すでに呼吸が合っているから稽古の進み方が早く、同じ時間で遠くまで飛べること。これまでにないほどコミュニケーション度の高いキャストを集めた長塚の頭には、もしかしたら、いつも以上に演劇的な飛距離を伸ばしたいという気持ちがあるのかもしれない。
阿佐ヶ谷スパイダース「悪魔の唄」 写真



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