| 「なにわバタフライ」 |
大河ドラマ「新選組!」を終えたばかりの三谷幸喜が、新作の舞台に取り組む。「新選組!」で、小劇場で活躍する役者を多数起用した三谷の舞台への愛情は、体力も気力も相当に使ったであろう大河終了から間もないのに、こうして作・演出の両方を手がける意欲に、よくあらわれている。しかもその新作「なにわバタフライ」は、いままでやったことのないひとり芝居。ただ「すぐに舞台をやりたい」では終わらないチャレンジ精神が、彼の内部でふつふつと燃えているようだ。さて、この「なにわバタフライ」、題材は、実在した女芸人・ミヤコ蝶々の半生。波乱に富んだ50年という時間を、最も信頼する女優・戸田恵子を迎えて描くという。「新選組!」が始まる前、「オケピ!」で大人数の芝居を大成功させた三谷が、真逆にして究極の少人数芝居をどう見せるのか。この1年の三谷の変化、あるいは不変、そして高いハードルを課せられた戸田の跳躍力を、なんとしてでも観なければなるまい。
≪この舞台のツボ ［１］ 波乱万丈、ミヤコ蝶々≫
4年前の10月、80歳で亡くなったミヤコ蝶々の人生は、実に多くの起伏に彩られていた。「自伝を読んで引き込まれた」と三谷がいう彼女の人生を、ここで紹介しよう。東京・小伝馬町の家具屋の長女に生まれたが、愛人と駆け落ちした父に連れられ、4歳で神戸に移る。やがて芸事好きの父は旅回りの一座を持ち、7歳の蝶々を座長に据える。そのため彼女は、一座の芸人たちや父、養母にさまざまな芸事を習うが、生涯、学校に通ったことがなかった。やがて吉本興業に引き抜かれるが、若くて才能があるゆえに先輩芸人のいじめに遭い、それをかばってくれた妻子持ちの落語家と深い仲になってしまう。やがて、晴れて所帯を持つが、夫の女癖の悪さから離婚。荒れてヒロポン（覚せい剤の一種）中毒となった時に支えてくれた年下の弟子と再婚して、のちにTV番組の司会で大人気を博す＜ミヤコ蝶々・南都雄二＞のコンビとなった。しかし人気絶頂の頃、夫の愛人が妊娠。子供のできなかった蝶々は身を引き、苦しい胸中を隠しながらコンビとして仕事を続けた。やがて脚本・演出も自分で手がけるようになり、76年から連続23年、大阪・中座で座長公演を行なう。人生の辛酸を知る蝶々が書く芝居は、笑いあり、涙ありで人気を呼んだが、カーテンコール後、蝶々が時事ネタをフリートークで斬る辻説法もまた、観客の心をつかんだ。私生活では孤独だったが、東京生まれながら「ナニワのおかん」と呼ばれ、多くの人に愛され、慕われた蝶々だった。
≪この舞台のツボ ［２］ ひとり芝居あれこれ≫
もしかしたら、日本で最も多く行なわれている形態の芝居かもしれないと思えるほど、多くの役者が取り組んでいるひとり芝居。思いつくまま名前を挙げると、イッセー尾形、市村正親、柄本明、大竹しのぶ、岡本麗、風間杜夫、片桐はいり、篠井英介、白石加代子、野田秀樹、毬谷友子、渡辺美佐子などなど。その形はさまざまで、朗読劇、コント風もあれば、ひとり芝居といいながらテープで別の人の声が登場したり、後姿や手だけの共演者がいたり、逆にひとりで何役も演じ分けたりと、実に多彩だ。逆にいえば、それだけ自由度が高く、やり方がいろいろ考えられるから、ひとり芝居が盛んなのだともいえる。また、ひとりでやることのメリットは、大掛かりなセットがいらず、スケジュール調整がしやすいこと、その役者に合った題材を選べることなど。そのため、ひとり芝居の演目を持って全国（イッセー尾形や柄本明は海外まで）を回ったり、長い年月をかけて繰り返し上演（渡辺美佐子は600回近い）することも可能だ。ひょっとすると「なにわバタフライ」も、戸田恵子の十八番として、この先も息の長いレパートリーになるかもしれない。
≪この舞台のツボ ［３］ 三谷と戸田の関係≫
もともと戸田のファンだったという三谷だが、実際に仕事をしてからは、さらにその懐の深い演技力に信頼を寄せているようだ。舞台では「温水夫妻」、「オケピ!」（初演、再演とも）、「You
Are The Top」、映画では「ラヂオの時間」「みんなのいえ」、TVでは「総理と呼ばないで」「HR」「新選組!」などなど、組んだタッグの多さは、女優のなかで最も多いはず。それだけでも多くの役者から垂涎の的なのに、「なにわバタフライ」では遂に三谷を独占するわけで、さらに羨望の眼差しが向けられることだろう。ただし、戸田自身は謙虚で慎重な性格もあり、ひとり芝居に関しては最初、難色を示していたらしい。これまでの三谷作品では、サポート役、受けに回ることの多かった戸田だが、堂々の主演で、さらに知的なコメディエンヌぶりに磨きがかかることだろう。
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