【演劇・ミュージカル ≪舞台のツボ≫】

  (up 2004/08/17

二兎社「新・明暗」

夏目漱石の遺作で、まさにクライマックスシーンの途中で絶筆となった「明暗」。それを現代に置き換え、さらに独自の結末を提示したのが、永井愛が作・演出した「新・明暗」だ。2年前の初演では、書き加えられた内容の卓越した展開やキャストが話題になって早々にチケットが完売、再演を望む声があちこちから聞かれていた。今回、主人公の津田役の佐々木蔵之介、その妻とかつての恋人の2役を演じる山本郁子、津田の会社の重役夫人役の木野花などメインキャストはそのままに、新しい出演者と新しい演出を加えて、遂に待望の上演となる。新婚なのにかつての恋人が忘れられず、とある病気から気弱さが加速して、自分が振られた理由を聞くために元カノと温泉で再会を果たすサラリーマン津田。愛した男と幸せになるため、自分も彼と対等な存在になろうと努力する妻の延子。別の男と結婚しながら、津田の呼び出しに応じる元カノの清子。義姉に嫉妬する津田の妹や、津田をさまざまな形で支配しようとする上司の妻など、わがままで必死な人々が右往左往する物語は、原作を知っている人も知らない人も、新鮮で秀逸な人間ドラマとして楽しめることだろう。

≪この舞台のツボ [1] いろんな人をかき立てる原作の魅力≫

漱石本人の手によって書き上げられることのなかった「明暗」。その結末は、大岡信や大江健三郎ら多くの作家、研究家によって「こうではないか」と想像され、その根拠とともに論文やエッセイのなかで発表されている。90年には、新進の作家だった水村美苗が、文体を漱石のそれに合わせ、明確に“続き”として書き上げた小説の「続・明暗」が話題となり、賛否両論を呼びながらも、この作品で水村氏は芸術選奨新人賞を受賞した。いつまでたっても「明暗」は、読む人の心を刺激し続けているのだ。この「続」ともまた違う展開を永井愛は考え、時代も現代にして、戯曲として書き上げたのが「新・明暗」。永井が注目したのは、個々の人間の心の動きを細かく描きながら、結果的に壮大な人間の営みを浮かび上がらせている点だったという。重箱の隅をつつくように人間の心理や行動をつぶさに観察して導き出す“人間って、こんな生き物”という客観的な視線。永井が感じた漱石ワールドを自分がどう感じるか。できれば原作を読んで自分の想像力をかき立ててから、舞台を観たい。

≪この舞台のツボ [2] “痔”から名作を読み解くと!?≫

お札にもなっている文豪・夏目漱石の遺作、また、タイトルのイメージもあって、原作を“深刻で小難しい”と思っている人は、きっと少なくないだろう。確かに文体も硬いし、多くの解説には“現代人のエゴイズムの追及”“自己と他の分離”など、難しげな言葉が並んでいる。しかし本当にそうだろうか。はっきりギャグが書いてあるわけではないが、“実は漱石は喜劇のつもりでこの小説を書いた”といわれれば、妙に納得してしまうのがこの作品だ。なんといっても、主人公をいつも憂鬱な気分にさせている最大の理由は、痔なのである。悪化すれば大変な病気だし、この小説が書かれた当時は今より治療体制が整っていなかったのだろうが、本当にシリアスな小説を書きたければ、漱石本人がずっと苦しめられていた胃潰瘍など、いくらでも他の病気にできたはず。つねに頭のどこかで「お尻が痛い」と思っている主人公、手術まで受けて周囲に痔がバレバレの主人公、若くてエリートで新婚なのに痔で苦しむ主人公……。そんな視線をひとつ持つだけで、漱石の仕掛けた喜劇性が見つけられるのでは? 永井もまた、「新・明暗」を喜劇としてとらえている。さらに余談だが、初演の時、主人公を演じた佐々木蔵之介は、稽古、本番と進むにつれ、痔にはならなかったものの、お尻に痛みを感じるようになったという。これぞ役者魂!?

≪この舞台のツボ [3] 長く、広く、永井愛ブーム。≫

演劇に関する日本の賞で永井愛が獲っていないものはない、といわれるほど、輝かしい受賞歴を誇る永井愛。特にこの10年は、きっちりした時代考証と深い人間愛で、日本が大きく動いた時代に個人はどう翻弄され、また、しぶとく生きたのかを、精力的に描き、誰も追いつけない境地へと邁進している。ウェルメイドなその作品は世代や性別を超えて人気で、永井の戯曲はつねに、全国あちこちの劇団で採り上げられ、上演されている。また、現在は永井の作品をプロデュースする二兎社だが、1981〜1991年までは劇団で、永井ともうひとりの女性作家の戯曲を交互に上演し、ふたりは女優として出演もする形をとっていた。もうひとりの女性とは、「ふたりっ子」などで知られる人気脚本家・大石静である。

二兎社「新・明暗」 写真


>> ★佐々木蔵之 インタビュー掲載中!


>> バックナンバーへ
Copyright (C) 2007 PIA Corporation. All Rights Reserved.