【演劇・ミュージカル ≪舞台のツボ≫】

  (up 2004/07/09

「夜叉ケ池」

この顔合わせを聞いて、凄いと思わない人はいないだろう。映画、ビデオの世界で傑作、怪作、話題作を次々と送り出している監督・三池崇史。演劇界の今後を間違いなく担う若き才能、阿佐ヶ谷スパイダースの長塚圭史。このふたりが、それぞれ演出と脚本を担当し、泉鏡花の「夜叉ケ池」を舞台化する。特に注目が集まるのは、三池が初めて舞台の演出に挑むことだが、集まった出演者がまた凄い。この作品で初舞台を飾る松田龍平と松雪泰子、 さらに武田真治と田畑智子、メインとなるこの4人を取り囲む面々は、萩原聖人、きたろう、遠藤憲一、丹波哲郎と、主役級の名前がズラリ。しかもポスターと舞台美術に、現代アートの枠を超えて活躍する鬼才・会田誠があたるという。もちろん、会田が舞台美術を手がけるのは初めて。コラボレーションという言葉では生ぬるい。どこを切っても火花が散る異種格闘技戦──それも、おもしろくならないわけがない戦い──になりそうな超話題作だ。

≪この舞台のツボ [1] 映像作家の舞台進出に注目!≫

男同士の壮大な死闘から、アイドル映画、そしてコメディタッチのヒーローものまで、とにかくエネルギッシュに貪欲に映像をつくり続けてきた三池。彼の舞台初演出はまさに一大ニュースだが、実は映像で名を成した監督が舞台を手がけるケースは、近年、増えているのだ。「ケイゾク」などで知られる堤幸彦は、ここ数年、自分で声をかけた役者たちを演出し、年末に舞台を上演するのが恒例になっているし、「クォーク」など数々のヒットCMを手がける山内健司も、この夏、自ら脚本も手がけて舞台を初演出する。また、「世界の中心で愛をさけぶ」が大ヒットした行定勲も、もともと舞台志望で、いまもひんぱんに劇場に出没しているのは有名。舞台演出家が映画を監督という例は、最近では蜷川幸雄、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、少し前には鴻上尚史など何人かあったが、今後はその逆で、映像の監督が舞台に進出するケースが増えてきそうだ。

≪この舞台のツボ [2] 妖しくも美しい魅力の原作≫

原作は、明治の文豪で、その日本語の美しさには谷崎潤一郎や三島由紀夫も舌を巻いた、泉鏡花の小説。鏡花は多作だったが、大別すると2つの方向性で作品を書いた。ひとつは、粋で気風がよく、愛する男を守ろうとさえする女性の生き様を描いた現実的な物語。そしてもうひとつは、魔界もしくは天界の住人という、人間ではない人たちを、豊かな想像力でさまざまに活躍させた物語。「夜叉ケ池」は後者で、同じ系譜では「天守物語」とともに鏡花の代表作といわれている。心清らかな若い恋人が静かに暮らす村へ、青年のかつての親友が訪ねて来るのだが、そこには思いもかけない悲劇が待っていた──。異界に生きる人たちよりも醜い、私利私欲をむさぼる人間の姿。自然を尊び、ともに生きることを忘れて、効率優先で自然を破壊したり、権威主義に走ったり。現代人への警告も込めながら、珠玉のような言葉で書かれた鏡花の原作。この強力なテキストに、長塚はどう挑むのか。公演を観る前に、ぜひ一読したい。

≪この舞台のツボ [3] 映像系俳優、集合!≫

演出にあたる三池だけが映像派ではない。この作品、舞台より映像のほうがお馴染みという役者が実に多いのだ。初舞台の松田龍平は、映画にしろCMにしろ、かなり限られた作品でしか観られなかった。松雪泰子も長らく舞台出演が待たれていた女優で、おそらくはこれまで多くの舞台のオファーを断ってきたと思われる。武田真治は、14年のキャリアのなかで、舞台はたったの2作。確かな演技力も持ち、バラエティでハジけたところを見せているが、舞台出演にはかなり慎重なのだ。そして遠藤憲一も、今年出演した「BENT」が、21年ぶりの舞台だった。また、きたろうも、シティボーイズのライブ以外ではあまり舞台出演をしていない。こうした面々が集まったのは、間違いなく、三池×長塚という未知の掛け算を間近で観たい、自分も加わりたいと思ったから。尋常でないやる気のボルテージが爆発しそうだ。

夜叉ケ池 写真




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