【演劇・ミュージカル ≪舞台のツボ≫】

  (up 2004/4/09

「ミス・サイゴン」
大型ミュージカルの決定版ともいえる作品。日本での初演は92年だが、その年の4月から翌年の9月まで、実に1年半に渡ってロングランとなり、述べ111万人を動員した破格のミュージカルだ。2度目となる日本版は、とにかくキャストがすごい。松たか子、筧利夫、別所哲也、高橋由美子ら、TVでもおなじみの役者が多数出演する他、市村正親、石井一孝、井上芳雄ら、日本のミュージックをレベルアップする顔ぶれが、ベテラン、中堅、若手と揃った。そして「ピーター・パン」出身の笹本玲奈、昨年の「ジキルとハイド」でミュージカルに初挑戦し、抜群の歌唱力と存在感を印象づけた知念里奈、TV「王様のブランチ」レポーターから一転、「レ・ミゼラブル」でミュージカルデビューを飾った新妻聖子ら、これからのミュージカルを担う若手も興味深い。しかも全員がオーディションでそれぞれの役をつかんだ実力派。フレッシュかつ強力な“日本のブロードウェイミュージカル”誕生の予感がする。

≪この舞台のツボ [1] ガチンコのオーディション≫

ミュージカルに詳しくない人でも知っている役者が多数出ているからといって、このキャストを“お客を呼べる人優先”だなんて考えてはいけない。まず再演が決まり、出演者はすべて、そのあとのオーディションで選ばれた。制作発表で、出演者が口々に「ここにいられることが夢のよう」「この作品に出られて光栄」と言っていたが、それは当り障りのない感想ではなかった。受けた本人達だけが知っているオーディションの厳しさから来た正直な感想だったのだ。当然、有名な役者でも落ちた人は数多い。このオーディション、2003年春から半年かけ、全国規模で行なわれた。

≪この舞台のツボ [2] リアルと幻想の二本立て≫

「ミス・サイゴン」の魅力は、キャストのみにあらず。次々と変わるシーン、そのたびに迫力の舞台セットが観客の度肝を抜く。この作品のセットの巨大さ、照明の華やかさは、何度見ても目を奪われる。まず目玉はヘリコプター。ロゴマークにも使われているヘリは、物語の重要なモチーフであり、本物を追求するセットの象徴といえるもの。重量なんと4t、実物大のヘリが登場する。さらに、とあるシーンで登場するキャデラックは全長3.3m、こちらも実物大となっている。そんなふうにリアリズムを追求する一方、幻想的な雰囲気が漂うのも「ミス・サイゴン」の舞台の特徴。大きなガーゼ状の薄い紗幕19枚が舞台を多い、また、1日に130kgのドライアイスを使ってたかれるスモークが、ある時は美しい夢、ある時ははかない心象風景を美しく演出する。

≪この舞台のツボ [3] もう1度、ベトナム戦争≫

この作品は、ベトナム戦争の真っ只中のサイゴン(現ホーチミン市)が舞台。貧しさゆえに身を売ることになったベトナム人の少女キムと、ベトナムに侵攻していたアメリカ軍の若き兵士クリスの恋が中心になっている。最近は若い女性の間でベトナム観光が人気だったり、ベトナム料理の店も日本で多く見かける。戦争は徐々に記憶の片隅に追いやられていくが、よく似たことが今、中近東で起きている。人間が戦争でなくすもの、戦争が生む悲劇を、この作品をきっかけに考えるのも、舞台の持つひとつの力だろう。



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