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クラシック
 第16小節 コントラバス奏者/作曲家溝入敬三
溝入敬三 写真
photo by 渡辺力


『魔法にかかったヴァイオリン』
川岸に立っていると、向こうの空から一台のコントラバスが飛んできた。私は木陰に隠れたが、降り立ったコントラバスは、カヴァーをするりと脱いでヴァイオリンに姿を変え、水浴びを始めた。思わず私は駆け寄り、カヴァーを取り上げた。ヴァイオリンはあわてるが、裸では水から上がることができない。

「お願いです。私の衣(ころも)をお返し下さい。」

「そうはいかぬ。もしもそなたが嫁に来てくれるというのなら別だが。」

「しかたありません、ではお教えしましょう。実は私は、クレモナ国の微笑みと呼ばれたミス・ヴァイオリンなのです。
ほらね。あまりの美しさに嫉妬した魔女の呪いで、身の毛もよだつコントラバスに姿を変えられてしまったのです。わずかの時間だけ、このように美しい姿に戻ることができるのですが、いつもは、柱にぶつけてアザだらけ、鴨居に当たってコブだらけ、電車に乗ると子供が指差す、あの、みにくいコントラバスなのです。

デブ、ブス、ウドの三重苦。美容整形に行ったら間違って洋服ダンスにされるコントラバス。このような悲劇がありましょうか。哀れなコントラバスから、どうぞお救い下さい。

魔法を解くには、あなたの勇気が試されます。ドラゴネッティ、ディッタースドルフ、ホフマイスター、ボッテシーニ、クーセヴィツキーなどという無名な作曲家のコントラバス協奏曲を、全て聴き通さなくてはならないのです。
欠伸をしたり眠ったりしたらおしまいです。このような恐ろしい試練は、かつて聞いたこともありません。これまでに何人の犠牲者が出たことか。

あらっ、どちらへ? 信じて下さい! 私は、本当は華麗なヴァイオリン。ブーブー言ってばかりのコントラバスは、本当の姿ではないのよ。」

私は、コントラバス奏者なのである。

≫次回は…ピアニスト/作曲家の三宅榛名さんです。

■コントラバス奏者/作曲家 溝入敬三(みぞいり・けいぞう) プロフィール
広島県福山市に生れ、遥かに瀬戸内海とライステラス(棚田)を臨む山の上で少年時代を過ごす。広島大学教育学部附属福山中・高等学校、東京藝術大学音楽学部卒業、文化庁芸術家在外研修員としてカリフォルニア大学サンディエゴ校に留学。
独ダルムシュタット国際音楽研究所「クラニッヒシュタイナー音楽賞」、「朝日現代音楽賞」、作曲に対して日本現代音楽協会「作曲新人賞」受賞。
CD:『コントラバス颱風』(ALCD-56/コジマ録音)、『コントラバス劇場』(ZIP-0009/ZIPANGU PRODUCTS/ラッツパックレコード)
著作:大爆笑&ためになる、音楽ファン必帯『こんとらばすのとらの巻』(春秋社刊)



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