左手だけのピアニストとして復帰された舘野泉さんの演奏には、今までに聴いたことのない音楽を感じました。一つの手で造り出される多声部、左手で鳴らされる高音部には独特の豊かさと緊張感があり、舘野さんの世界が更に大きく感じられたのですから、これはほんとうにすごいことだと思いました。倒れられる前に何回か、二台ピアノのコンサートでご一緒できたことはとても幸せでしたが、これからの舘野さんの世界が楽しみです。
私は8年前に、初めて訪れたテレジンというチェコの小さな町で、ギデオン・クラインという作曲家に出会いました。1945年に25歳でナチスに殺されたクラインが、収容所の町テレジンで開いたピアノリサイタルのポスターが、町の記念館にあったのです。この15年ほどの間ヨーロッパを中心に、この収容所の中で繰り広げられていた想像を絶する芸術活動について多くのことが知られてきましたが、私自身はあの一枚の古い手書きのポスターの前に立った瞬間に、クラインに、テレジンの音楽に“出会った”と感じています。
クラインが収容所の中で書いた唯一のピアノ曲、「ピアノのためのソナタ」の譜面を初めて開き、弾いてみたときの衝撃を忘れることはできません。この7年間国内各地、チェコ、ドイツで延べ1万2千人以上の人たちにテレジンで書かれた作品を聴いていただいてきたのですが、クラインのソナタには最初に感じたあの衝撃を遥かに超えて、生命力と美しさと力強いメッセージを感じます。
今年は7月2日(土)に久しぶりの自主リサイタルを開くことにしました。テレジンの作曲家クライン、ウルマンのソナタ、そしてクラインが何回も演奏していたバッハとベートーヴェンというプログラム。テレジンの音楽を“紹介する”のではなく、この作曲家たちの作品に自分のすべてをぶつけてみたら、どんな世界が生まれるのか、そこにかけてみたくて。
≫次回は…コントラバス奏者の溝入敬三さんです。 |